2022年1月23日日曜日

1月21日(金)[渋谷道頓堀劇場]

御幸奈々(1-2)
白雪(1-2)
MINAMI(1-2)
萩尾のばら(1-4)
中条彩乃(1-3)
宇佐美なつ(1-4)


イップスというのはおそろしいもので...とへたな落語じみた導入になったけれど、自分のなかで「???」が渦巻いた一日。
盛況ながら座れないほどでもなく、いちおうフィジカルだけはゆっくりして見られる。


この日デビューの白雪さん。デビュー週初日、すなわちデビューステージに居合わせるの初めて。しかし、いい意味でデビューの初々しさなく、慣れたステージでとても安心して観られた。
ダンス経験があるというテクニック面の安心もあれど、自分の表情をちゃんと持っている振る舞いのほうがはるかに好印象で、次の演目が楽しみでもある。


萩尾のばらさん。昨年の9中以来だったけれど、今の萩尾さんの輝きぶりに驚く...
とくに1回目2回目は抜群に華やかなステージで、弾けんばかりに生き生きとした空気が満ちていた。振りのひとつひとつにためらいがなく、そういう惜しみない体の使い方が「踊る喜び」を伝えて止まない。
とくに周年作『JOY』すばらしく、立ち上がり以降のアウトロにあたる踊りの長さがぜいたくで、今週の大きな楽しみが増えた。


宇佐美さん。イップスの話は当然ここ。
新作『アブダクション』。M1の衣装と振付のキャッチーさ、それぞれのベクトルは違えど共に意外で驚かされる。また、一発目のポーズで信じがたいほどカッコいい入り方を行っている。にも関わらず、複数の印象が並走していて、うまく乗り切れない。うーん...?となったが、4回目は少し分かりかけてくる。

初渋谷の『アンビバレント』も、乗り切れないまま...
あれ...?というのが自分の中に重なってくると、その事自体に落ち込んでくるし、力むほどに空振りを繰り返してしまうイップスが生まれてくる。

自分にもこういうことは何度か経験あり、できてた技が本当に突然やり方を忘れてしまったようにうまくいかなくなることがある。それはかなりの恐怖で、もう二度と戻らないのではないかという恐れが、また成功を遠ざけてしまう。
あんなにも強い快楽の対象だったことから、こうしたあれ?が反復されると、その空振り感をどんどん強調して感じてしまうし、それはむしろ集中して感じながらみることの反作用なのかもしれない、と一晩経っておもう。

『ナイトクルーズ』。渋谷の音響ですら不十分に感じるほど、まさごは完璧だった。
この演目は相変わらず、ずっとプライベートな感覚のための演目で、そんなに感想を書きたくないというのがある。演目の演劇的(謎めいた小道具の仕様や何らかの線的な展開を感じさせる構成)な側面より、むしろ演技性(小道具に接する時や、展開に応じた表情)によって明らかになるパーソナリティーがたまらない魅力になっている。
M4、本舞台ではじまる椅子とのダンスが優しく、慈しみや懐かしみのような繊細さに触れるような踊りであり、しかし盆入りから椅子との合一感のまま溶け出していくように宙に足を漂わせるのは、そうした優しさの距離感から一歩踏み込んだ強い官能にダイブしていく姿のようにも見える。M5の最初のポーズは官能に打ち震える痙攣がそのまま体を仰け反らせて"ポーズ"として形をなすようなありようを示している。


それにしても新年最初から何をしてるのやら...という日..

2022年1月7日金曜日

1月7日(金)[大和ミュージック]

相田樹音(1)
かすみ玲(1)
三月涼々(1)
KAERA(1)
望月きらら(1-2)
山口桃華(1)


10結ぶりのきららさんを見に。場内かなりのまったりモード。


きららさんのOL演目は、花道でコケて、持っている書類を宙に巻き上げるアクションからスタート。ベタ中のベタみたいなシーンでも、間とためらいのなさによって一挙に空気を活気づけるパフォーマンスになっている。舞い散る書類のひらめきの視覚効果と、その書類を片すのに観客を巻き込むライブ感の両方がある。
リクルートスーツ的なあっさりした装いは脱衣もシンプルだが、花道に置かれた椅子の上でストッキングを破り体をまさぐるシーンは『蝉』の団扇で体をまさぐるシーンと同質のニュアンスがあった。全身が性感帯に変化したようなうごめきというのか...
座位と立位を行き来する自在なベッドは、重みから解き放たれているようだが、まさしく中空で体を支えるところの椅子という小道具もそうした感触の演出に役立っている。そもそも花道(大和だからこそとはいえ)という本舞台と出べそをつなぐ間(あいだ)の場で脱衣があることも、主題的な一貫がある。もちろん、きららさんはこうした論理で以て演出しているのでなく、抜群のカンで直截にステージの核を掴めてしまうのだろう。


大和は好きなのだが、やはり来るまでにかなり疲れてしまうことが多い。距離もさることながら、小田急の頻繁な遅延もある。職場から直行モードもキツいが、帰宅すると1回目に間に合わないジレンマ。


思えば1頭は友坂さん、さゆみさん、きららさんとご挨拶をしたい踊り子さんたちにたくさんお会いできる週だった。今年はどんな面白いことがあるのだろう...などと、一段落したふりを自分自身にしてみせたところで、来たるべき1結がまだまだ一向に近づいていない現実と向き合うことになるのだった。まだっすか...

2022年1月4日火曜日

1月4日(火)[渋谷道頓堀劇場]

翔田真央(1,3-4)
浅葱アゲハ(1-4)
石原さゆみ(1-4)
天咲葵(1-3)
金魚(1-3)
六花ましろ(1-3)


職場から道劇に直行して整理券配布待ちへ。荷物を置くのは初めてのこと。おかげでいい位置で観られることに。しかし座りでもトリプル進行になると尻が痛くなることに気づく...

翔田さんの偶数回演目、ベッドがエアセックスで、ポーズ無しにそのまま立ち上がりへ移行するのだが、そこから最後まで特に何もしないままにまるまる一曲使い切る時間の使い方にベテランならではの芸を見た気がする。

浅葱さん。昨年の7頭以来。今回3個出しだったが、それぞれに見どころを見つけられた。なによりベッド時の体の美しさに惚れ惚れしたし、表情が毎回魅力的で、次の機会が楽しみになった。
ことに『アゲゲーム』は某作のパロディで元ネタは分からないものの、エモーショナルなスタートに続くインタラクティブなシーンで抜けた感じになるバランスもいいし、ラストに全身タイツのようなスーツを脱いでいく過程が、その脱ぎにくさによって強調されて妙にエロティックだった。また武藤さんの話を聞いて以来かなり意識するようになった「一切の装飾具なしの裸体」があらわれて、たしかに相応の見ごたえが増すのも感じた。

さゆみさん、3個出し。昨年夏に出していた和装演目と、スキー演目と、DJ演目。ところで、翔田さんの1回目が「火の鳥」モチーフで、続く浅葱さんが「卑弥呼」モチーフと新年早々からすごい並びだったのが、続くさゆみさんがDJ演目という高低差。これぞストリップの公演だなあというデタラメさだった。

DJ演目はでかいDJブース持ち込みで前面には「SAYUMI」のロゴが光り、中盤以降はイコライザが上下する映像も流れ出す豪華仕様。だからなんなんだと思いつつ、その手間のかかりようにノせられてしまう。テーブルにはDJコントローラーも据えられていて、一回だけターンテーブルをくるくる回したりする。
ベッド着が絶妙。トラックパンツにキャップを目深にかぶって、白いクロップトップのパーカー。パーカーの下が黒いレースの下着で、すでに胸が透けてる。さゆみさんのクールなエロさをはじめて見たので、これだけでもかなり楽しめてしまう。そして、おそらく日本で一番有名なクラブソングである名曲のラップパートでは、ビートに無頓着な下着の取り去りがある。決してビートに"合っていない"のでもなく、"無視している"のとも違っている。このときの音楽の聴こえ方こそ、自分がストリップでしか得られないと感じている絶品の体験なのだが。
ひとつの感覚の集中は他の感覚を後退させる。たとえばオープンショーで手拍子してるとき、ふと一部に視線を合わせるとき、リズムを保てなくなるようなことが自分にはある(単にリズムキープが下手ということもあるかもだが)。
ショーにおいても、裸体が現れるとき、特に視覚へ意識が集中するだろう。すると、流れている音楽がやや分離して感じられる(ことがある)。しかし、一方の感覚が崩れそうになりながらもギリギリでバランスを保ちつつふたつが並走しだすようなパフォーマンスがあるということ。ただ、それが発動する条件はいまいち分からない。

ラスト、立ち上がりのあとにブースの裏でもう一度服を着てから現れたのにおどろいた。裸体という現象へのどうでもよさ。

8中以来の和装演目(微妙に衣装が変化していた)と12頭まさご以来のスキー演目。どちらもポーズを切るときに、"曲の重さ"みたいなものを身体に乗せているかのように見えたのが印象的。ジャストでパシッと決めきらず、うっかりすると取りこぼしそうなギリギリで、しかし曲の高揚感を確実にガイドする脚の伸びがあった。
どちらの演目でも石原さんのお客さんたちがナイスなお遊びをプラスしていて良い。さゆみさんがそれに対して目立ったリアクションをしないのも良い。
そういえば雪合戦のスタートのとき絶妙な煽り顔をしていて、これもよかった。

結局、多面的なキャラクターというのはあれこれ何か言いたくなるし、しかし包括的には言い表せられないからこそ常に不足を感じるし、その不足を補うためにこそ、何度も会いに行ってしまうのだろうなと思った。


進行押しまくり、ポラカットが導入された。4回目はMさんのアナウンスで「15分」が宣告され、しかし「15分"も"あります」と言いつつ、アナウンスを終える頃には「では残り14分です」ときっちり勘定していて笑ってしまった。

2022年1月1日土曜日

1月1日(土)[川崎ロック座]

前田のの(1-2)
友坂麗(1-2)
武藤つぐみ(1-2)
水戸かな(1)
翼裕香(1)
織田真子(1)


三番叟やら元日の様子やらを見たくて。元日といえども特に何の変わりもない「劇場」であった。混んでたけど...

6香盤ということはオープン含めひとり20分のショータイムだとして、純然たる「持ち時間」を消化するなら120分で終わるわけだが、1回目が終わったのが16:00過ぎ。ショーと同じ時間がポラに割かれていた。別にそれは嫌ではないが、さすがに立ちっぱなしで4時間は身に堪えて、2周せず離脱。

友坂さんの新作はやや緊張の面持ちとはいえ、さすがのベッド。全体に音量低めでかなり残念なのだが、大きい音でM4が聞ければ抜群の効果なのではとおもう。

『翔鳥』冒頭で羽根を放り投げてそれがゆらゆらと宙に漂う間、『夕鶴』で見たような時間の遅さがあらわれる。友坂さんは自ずから扱うものに等価の役割があるかのようで、ちょっとした小道具も友坂さんの身体を通過することで強くフォーカスがあたるような出来事がある。そうした焦点距離の中で脱衣が行われると、あたかも有機体のようにして服が自ら身体から離れていくような(同時に、子供の頃にお好み焼きの上で踊る鰹節を眺めていたことを思い出す)感触が生じる。


最近、あまりよくない傾向として「劇場」に適合しないような動きをする観客がちょっと気になりすぎてしまう事が増えた。一個不審な動きがあると、大抵は他にも観劇の妨げになるような行為をしがちなので、あーやっぱり、などと思ってしまう。ノイズが発生するのが公共空間なのだから、ノイズは最大限許容したいと考えているが、妙に敏感になってしまっている。

2021年12月27日月曜日

12月27日(月)[渋谷道頓堀劇場]

eye(2)
箱館エリィ(1-2)
空まこと(1-2)
虹歩(1-2)
ささきさち(1-2)


ささきさんの未見演目と道劇納めと回数券割引目当てに。当然混んでいるだろう(特に三番目の理由で)と踏んではいたが、見事に満席。が、途中でいいところがスポッと空いたので座る。

ささきさん「ホーム」。タイトルからして"家"をめぐる何らかの演目なのだろうとは予想していたけど、冒頭いきなり車掌がアナウンスするSEが流れ出して、そっちか!となった。M1は光沢のあるシルバーに袖ぐりがピンクでアクセントがついた衣装。制帽・半袖シャツ・ハーフパンツ。ときどき笛など鳴らしつつ明るく軽快に進行するのもちょっと意外。
この第一の「ホーム」から、次は旅立ちの主題を描いていく。つまり、離れていくことで逆説的に"家"を想像させる。最初の衣装を脱ぐとシンプルな白いシャツに白いパンツ。郷愁に絡め取られそうなほどセンチメンタルにゆっくりとベッドが進むと一気に転調して、シャツの前を開けつつも羽織ったまま、自身に満ちた表情でポーズをバッシバシと決めていく。「ホーム」とは旅立ちのことであり、帰るべき家のことであり、そして他ならない今ここ、ストリップを演じている劇場についてのことであった。
ごく簡潔なタイトルに込められた三重の「ホーム」の主題の展開は簡潔で明瞭だが、何より、ポーズや表情の説得力に支えられている。

2周年作「シュガークラフト」。でかいスプーンの裏に反射があるのだけど、曲面のために天球型のカメラで自撮りをしているかのように場内が映り込むのが面白い。そして相変わらずオナベのエロさ...スプーンを咥えながらの愛撫、どころか、スプーンを咥えつつ半開きになった口がすでに濃厚に官能的で、エロさのトリガーが具体的な行為と全く紐付いていない事に気づいた。

けっこう踏み込んだ話をするのだけど、こうした「エロさ」を感じるとき、自分はステージ上の演者さんと実際の性行為に及びたい、と考えているのかどうかしばらく分からなかった。ささきさんのオナベは、自分にとってわりとストレートに性的な感覚として受け取れてしまうものなのだが、ささきさんに欲情しているのかというと、やはり違うと思った。あけすけに書いてしまうが、ささきさん"と"セックスがしたいと思っているわけでも、ささきさん"で"オナニーをしたい、と思っているわけでもない、という話。
いわゆる自慰は性交の代用行為の場合があるだろう。この場合、欲情の対象はすでにフィックスされていて、しかし性交が叶わないから自慰に移るわけだ。だが対象に向けられた欲情に先行して、自慰それ自体が目的化されることはしばしばある。そのとき、行為の手助けとなるような、「オカズ」が必要とされる。この俗語が示すように、自慰はあたかも「定食」のように行為と何らかのポルノグラフィーの鑑賞が一体化したフレームを成している。
とくに性的に関心を持っているわけではない演者のオナベで性的な感興を催すとき、自慰が禁止されているという劇場のレギュレーションは措くとしても、それは「オカズ」ではない(ことがある)、とした。では何なのか。実のところ優れたオナベとは、たとえば卓越したスポーツのプレイや、あるいは名手の楽器演奏に接したときような、「自分もあれをしてみたい!」と思わせるような高次の体験へのあこがれを観るものに等しく起動させ得る、まさしく「パフォーマンス」なのではないだろうか。自慰は代用行為でもなく、形式化して固定されたルーティンでもなく、なにか未知の歓びをもたらす行為なのではないかと、オナベから生じる官能の質がそれを問いかける。また私はしばしば、踊りを見ることは自分も部分的に踊ることだと書いていたが、これをパラフレーズするならば、オナベを見ることは自分も部分的に自慰することだ、と言える。このとき、踊りが踊り手と"共に手を取り合って"踊られるのではないように、自慰もまた、自慰している対象と無関係な孤立性のもとで行われるだろう。踊ることも自慰することも、パフォーマンスを介して自分のこととして引き受け直すことが、大切なのだと思う。もちろん、踊り子さんの官能が、素朴に性的対象(=オカズ、あるいは性交願望の喚起)として訴えかけることも人によっては多々あることだろう。けれども、そうした性欲の指向性があまりにも当たり前に過ぎて強固に働くだけで、別の可能性を提示されていることに気づけないこともあるのではないだろうか。


最初に書いたようにこの日が道劇納め。自分にとって、どこか特定の場所がこんなにも特別に思われるような経験があると思っていなかった。願わくばこの劇場に末永い未来がありますよう。


まあ1週間もしたらまた来るのだが...

2021年12月24日金曜日

12月24日(金)[渋谷道頓堀劇場]

eye(2)
箱館エリィ(2)
空まこと(2)
虹歩(1-2)
ささきさち(1-2)


もうちょっと後半に行こうかと思ったが、道劇でささきさんの「デビュー作」を観ておきたくて、さくっとだけ。回数券の特売前日だけあってか、悠々座れる。

虹歩さんは、前回のミカドからどんどん好きになっている。踊りの良さより(というと語弊があるが)、虹歩さんそのものの良さというか、かわいさのようなものに惹かれてしまう。べつに特段愛嬌を振りまいてるわけでもないけれど、年齢を重ねることのポジティブな側面が、振る舞いをずっと新鮮に保っているような感触がある。その人がただ舞台に立っていればいいというような。
もちろん虹歩さんはただ立っているような時間はほとんどなく、絶え間なく踊り続けている。だがその踊りも「技」ではなく、自らの身体にこそ根拠がある充実感があって、だからこそ裸体も輝いて見えるのだろう。

ささきさちさん。空まことさん、虹歩さん、ささきさんとかなり細身の踊り子さんが続く香盤で、その姿形の類似がかえって「身体」のありようを比較させる。
「デビュー作」は変わらずエロい。動作が少ないのにベッドで何をしているかまったく記憶できないのだが、うつむき加減に保たれる視線が時折客席に向けられるとき、翳刺すような鋭さがあって、ほんとうにゾクッとしてしまう。
先日武藤さんが振りの少なさと踊り易さは比例関係にない、という趣旨のツイートをしていたが、ささきさんのベッドにあってはただひたすらに「見られる」ことだけが持続する肉体の提示がある。振りの少なさは技術的なハードルの設定より、踊り子が客の視線に晒されることの経験=時間をイニシエーション的に通過するためという側面もあるのではないか、とすら感じた。

「2周年作」は、舞台の上手と下手にピンクと白がねじれて合わさるようなデコレーションの蝋燭を模したスタンドに、それぞれ巨大なスプーンとフォークが据えられている。その間で、盆の円周と同等の裾幅を持った大きい白いドレスを着たささきさんが立っているスタート。さながらささきさんはウエディングケーキか何かが人になったようなかたち。
まずはギミックの大きさに驚かされるが、それよりも、上体が上下に浮き沈みするような振付が目を引く。腕以外の体の線が見えないから、ふしぎな見え方をする。
衣装替えの後に脱衣があり、ベッドに移ると太腿に仕込んでおいたスプーンを取り出してのオナベに。大掛かりなセットとスプーンという小道具からさゆみさんの演目をつい想起するが、スプーンを横に咥えながらの愛撫には、ちょっとめまいがするほどのエロさが溢れだしている。ふつうにそれは、性的な昂奮を催すようなものだったと思う。また体を撫ぜる手具の扱いにきららさんの「蝉」や「浅川さん」のようなエッジの立ち方はないものの、そこまで攻め込みますかという使い方がひとつある。
ところで、可食的な体のイメージとはクリシェに他ならないけれども、ストリップにはそうしたクリシェをぶち破ってしまう「パフォーマンス」の強度がある。食べられる私が、食べるための道具であるスプーンを使って自慰することを見せることには、イメージが追いつかない地点で自律した何かがある。
ポーズベッドでは、今のところ自分が見たことのない、速度感のある振りがつけられている。止めハネをしっかりした折り目正しい書体が基本の動きであるささきさんが筆記体に挑んでいるような、別の場所に行こうとしている感触そのものが好ましい。ギミックや展開、演出に加えてこうしたダンスの水準でも挑戦があり、デビューからの2年を総まとめするのでなく、既にして3年目へと踏み出している意欲に、素朴にエンパワメントされる。紛れもない作家であるささきさん、今後の新作がどんどん楽しみになってしまう。


どうでもいいが、ポラのとき扱うデジカメのシャッターの感度は機種それぞれで、けっこう深く押し込まないとシャッターが切れないものが多い。が、ときおり思ったより浅いところでパシャっといってしまうものがある。前の人の2ショット、うまく撮れてなかったのでは...という懸念が残ったクリスマス・イヴ。

2021年12月20日月曜日

12月20日(火)[大和ミュージック]

天羽夏月(1-3)
永瀬ゆら(1-3)
天咲葵(1-2)
漆葉さら(1-2)
春野いちじく(1-3)
蟹江りん(1-2)
山口桃華(1-2)


9中以来の最果ての地へ。もはや心理的には岐阜の方が近い。仕事終わりに大和に向かい、開場時間くらいに到着すると既に20名オーバーの列。自分と同じく、多くは春野いちじくさん目当てかと思われる。

永瀬ゆらさん。この日最も面白く見られた踊り子さん。8結渋谷・9中大和と続いて3度目だが、今回で好感が完全にフィックスされた気がする。すべての演目を通して圧倒的に趣味のいい音楽が続いて、それだけで贅沢な気分でステージを見られる。
ためらいのないポールダンスの格好よさもさることながら、ゆらさんの表情や仕草の端々にかわいさがあって、魅力的。2回目の演目でメキシカンハットにポンチョ姿でちょこちょこ動いたりするのも、キャラっぽくて良い。花道を本舞台に帰りかけて、ザッと引き返してポールダンスに入る瞬間が最高だった。

道劇新人の天咲葵さんは、脱いだときの身体のきれいさに驚くなど。デビュー間もないのにいい意味で慣れた姿勢があって、安心感はあった。

1回目山口さんの演目は初見だったが、新作だろうか。回転スツールや、ストールを使ったポーズベッドなど見どころ多く、今まででいちばん好きな演目かもしれない。あと、10頭から3週も見ているので、わずかな髪色の変化など具体的に感じ、それも好感の要素になっていた。

いちじくさん「ワンルーム」「メリメリ」「Persian」。ふつうの女の子ミーツ幽玄という佇まいで、どれもかなり尖った選曲で演目が構成されている。個人的には3回目の「Persian」が好みで、長く白いファーストールを首にかけつつ両手で支えながら裸体を見せる瞬間の豪華さに、まさしく猫の貴族性の側面が見えた気がする。
とはいえ、まだ掴みかねる部分も多くて、これからの機会を待ちたい。

ところで、ストリップを見ているとき、顔・体・踊りの要素へ連関を伴ってそれぞれにフォーカスを当てることになる。時々にバランスを変えてもそれぞれは相補的で、独立することがない。しかし、単に個人的に「好みの顔(=タイプ)」の人がいたとき、その顔は「好み」のレイヤーに置かれて眺められるが、体と踊りとがその好みのレイヤーとは連関を持たず、そのことで結果的に好みのはずの顔もぼんやりした印象になったりする。当たり前のことだが、偏愛的な形態パターンは、ストリップで現象する出来事とは別様の水準にある。


合間、hideさんと立ち話しているうち「もしかしてコース皆勤してるの?」と訊かれて、そうですね、まあ知らない劇場を見たいというのもあって...と答えたが「まさごには6日いた」とは言わなかった。6日いた...

6月6日(月) 道頓堀劇場

例外的更新。 舌の根も乾かぬうちに...とエクスキューズを出しておきたいところだが、書かないほうがいくえにも不自然だと思われたので、形を変えて書いておく。 6月6日。朝からずっと雨。気温も前日からぐんとさがった。 こういう日に劇場に行くとき、きまって他人の体調を考える癖がついてし...