例外的更新。
舌の根も乾かぬうちに...とエクスキューズを出しておきたいところだが、書かないほうがいくえにも不自然だと思われたので、形を変えて書いておく。
6月6日。朝からずっと雨。気温も前日からぐんとさがった。
こういう日に劇場に行くとき、きまって他人の体調を考える癖がついてしまった。好きだと言っていたパンをバカの一つ覚えみたいに買って、渋谷に着いてから他の用事で寄った薬局で目についた栄養剤もついでに放り込んだ。おもえば、最初の差し入れもここで栄養ドリンクを買ったのだった。ずいぶんと色気がない。
劇場に入って席を品定めしていたら、脚をさわられた。視線を下げるとHさんだった。ようやく会えましたね、とか、最近とてもデレ気味。Hさんのことはずっと前から認識していたけど、初めて話したのは2中の上野。人懐っこく、年齢に対して異常なタフさがあり、デリカシーのないスケベ心とナイーブなまでに繊細な感情が同居した人である。
そのあと、次々と知り合いがやってくる。文フリで声をかけてくださったのがきっかけで話すようになったYさん。たぶん、一番年齢差があるお客さんだけど、ステージ後の印象は一番合うことが多い気がする。
そして武藤さんも登場。毒舌先生。さらに、Twitterで一方的に知っていたIさんと武藤さんを介してお話する。
香盤が進めばおなじみのSさんも顔を見せる。さいきん話し始めるようになったベテランスト客のPさんや、さらに遅れてKさんやUさんも現れて、おおよそ「皆いる」みたいな状況が作られた。
「皆いる」と思えることそれ自体、「この一年」の厚みそのものである。
むっちゃ恥ずかしい話もしてしおうと思うが、一年経ったなーという感慨はずっと個人的な感慨でしかないし、自分にしか意味がないと理性では理解しつつ、なんらかそこを拾ってくれるのではないかと(過度に)期待していたら、(こっちが勝手に見積もってるより)あっさり触れられた(と感じた、バカなので)ことに、ちょっと(めちゃくちゃ)拗ねてしまうという、分別ある大人とは思えない感情を抱いてしまった。
そのことをSさんたちに正直に話したら腹を抱えるほど笑われて、肩を叩かれてお酒を奢りますよとロビーに促されて、スタッフのYさん交えてほんとうにしょうもない愚かな話を恥を忍んであらためて話した。結果、諭され8割慰め2割の応答ののち「おめでとー!」とカウンターから大量のアメをプレゼントしてもらった。Yさんとまともに長く話したのはこれがはじめてなのだけど、最悪な印象ではないか。
いつまでも拗ねてるわけにもいかないので、次はなにか楽しいことをしないとなとなり、「皆」と写真を撮ることにした。HさんもYさんも何かよくわかってないけど皆で撮るという流れに巻き込んだ。集合写真的なものも大嫌いなのだが、この場でその人を介してならまあいいかと思えることはある。シャッターは武藤さんが押してくれた。
武藤さんが、6月6日は芸事の日ですねと意味づけをしてくれた。『風姿花伝』のころより稽古初めの日として記されている。
そうした史実の如何より、武藤さんがこの日を何か意味あるものとして名指してくれたことのほうが嬉しい。
Sさんと再びロビーで話をすることにした。
明るくて若々しく、遊び慣れたスマートさに似合わないシャイさもあるSさんから、めずらしく昔話を長く聞いた。自分は、ひとが話の流れに押されて、思いがけず自ずと語り始めるときの手触りが、つねに好きだ。
この一年、ということに関して言えばSさんも自分とそう変わらない。「この一年」に至るまで、Sさんがどんな道のりを経てその日々を数え始めるに至ったかも、はじめて聞いた。その内容をここに書くわけにはいかないが、人はみな無意識の天使(=媒介する存在)に導かれて、重要な誰かに出会ってしまうということを確認することになった。
ステージのことについて何も書いていないのだが。
一年前の6月6日は、ステージに目を向けるしかなかった(が、実のところこの日Kさんを既に認識している。半袖だったので)。一年後、ステージは「ステージ」として切り離されてあるのではなく、ここまで書いてきた他愛ない、場合によっては夾雑物でしかないやり取りが還流する場としてもある。そうした流れは、各々にとって強さを違えるだろう。
だが、そうした流れが渦巻く場としての劇場へと捧げられたとしかおもえない、ひときわ私にとって重要な『positive』が、その人によって踊られるとき、そしてまた、その人の計らいがいくらかはあったろうことを考えることにそれほど思い上がりがないだろうと感じるとき、私はそれについて何かを言うことは特にできなくて、「この一年」幾夜もあった特別な時間の再来として、一秒の過ぎ去りも惜しんで噛みしめるしかない。
本来の予定を変えてこの演目が出されることが、明転とともに明らかになった瞬間、なぜか私の方へいっせいに数人が振り返った。
磯崎憲一郎が中学生に向けた講演で、君たちは学問や芸術を学ぶだけでなく、帰り道の木の枝に触れる陽光の輝きなどを目に留めて忘れるべきではない、というようなことを話していたとどこかで読んだ気がするが、まさしくそのような「忘れるべきではない」、しかし指呼しづらい、ただそれだけでしかない時間の流れが、この私に累積している。劇場での曰くいい難い時間の数々も、この重なりの頂きに降り積もって、いつしか地層を成していくだろう。わずか一年でさえも、それが確信できる。
劇場での特別な時間は幾夜もあったが、私にそれを作ってくれたのは宇佐美なつひとりだけだった。
一年が経ち、ひとつの節目を越えて、その人とその人が作ってくれるすべての時間を愛していると、今さら、あるいはようやく、衒いなしに言える。