2022年1月29日土曜日

1月28日(金)[渋谷道頓堀劇場]

御幸奈々(2)
白雪(2)
MINAMI(2)
萩尾のばら(1-2)
中条彩乃(1-2)
宇佐美なつ(1-2)


昼間の予定が(自分の勘違いで)飛んで、どうしようかな...と悩んだ挙げ句に一番楽しそうな場所に行くことにした。こういう突発行動がいちばん自分を生き生きさせる。一回半しか見なかったが、むちゃくちゃ楽しかった。


白雪さん。振付が変わることが当たり前になっている。またこの回、御幸奈々さんのグルーヴのバトンを受け取ったように、はちきれんばかりの笑顔で踊りきっていて、うっかり曲の終わりから振りがはみ出たことに声を出して笑っていたりする。そうだね、楽しいねという気持ちになる。
それがパフォーマンスの最善・最高のあり方ではないにせよ、こうも「楽しむ気持ち」が具体的な形の変化を伴って表れるパフォーマーを、実感的にほとんど知らない。即興とはいえ、都度に確定的な表現を目指そうとしている質感も絶えない。そうした姿勢は虚心に勉強になる。
白雪さんには、もはや未熟という意味での「新人」というフレームも不適当だが、かといって恐れを知らない子供が無邪気に遊び倒しているようでもあり、次がどうなるかわからなかったり、いらぬ老婆心を刺激するという意味では紛れもなく「新人」でもある。


宇佐美さん。『アブダクション』。件の一発目のポーズで胸を鷲掴みにしていて、むちゃくちゃにいい。デフォルトにしてほしい。
今日もエロい目で見てる、とか突っ込まれてしまったが、なんかこの人にはもうそういう部分を預けてもいいかなという心的な余裕が、楽しむ姿勢を広げている部分は大いにある。
演目に対するスタンスもあっという間に軟化してしまったけど、普通の会話のやり取りを重ねて見方が変わっていくような部分はおそらくあり、それでは「批評」は成立しないのだろうけど(たまに誤解されるけど、自分は「批評」には一切関心ない)、宇佐美さんのやることにアジャストする喜びがあり、それはそれでいい、はず。「はず」、というくらいギリギリのためらいは少し残しつつ。

『アンビバレント』。初出しの頃に、特に立ち上がりの空気が『positive』に似ているという話をしたことがあるけれど、演目全体を通じて『positive』と違わない多幸感がむせ返るように香ってくるようになって、看板演目のひとつに育ってきている気がする。
実際、同じくらい手数を詰め込んで踊る演目にしたいという狙いがあったらしく、そう思うと踊りというタスク(木村覚がダンスとゲームの相似として「タスク」概念を書いていたような)をバシバシと処理していくことから喜びを汲み上げるような側面が宇佐美さんにはあるのかもしれない。作業興奮的な。作業興奮があんなにも野獣のようなポーズを切らせるということが驚きということには変わりない。まさごからさらに確度をあげて、『アンビバレント』だから見られるポーズが完成しつつある。


今週、ずっとかぶりついて見てるわけではないどころか、比較的割り切って抜けているけど、連続して見てるとほんとうにポジティブな空気のある香盤で楽しい。楽しませようというホスピタリティが、踊り子さん自身の自由を求める気持ちと不可分で、そんなことが可能な場所って他にどこがあるのかなとうらやましくなる。

1月27日(木)[渋谷道頓堀劇場]

御幸奈々(2-3)
白雪(2-3)
MINAMI(2)
萩尾のばら(1-4)
中条彩乃(1-3)
宇佐美なつ(1-4)


ここまでずっと盛況だったこの週、いきなりしんみりした場内で一日バラし進行の定時終わり。まったりもそれはそれで。


御幸奈々さん。ポーズの「形」の話をしたあとだけど、御幸さんのポーズは「形」への整形が過程のうちにほとんど含まれておらず、ジャストでただちに完成型を見せてくれる。形への成り行きがポーズのひとつの見どころと思っていたけれど、この精度でポーズを切られると、それだけで感動がある。


のばらさん今週2本目の新作『dokidoki』。『JOY』よりずっと展開の多い演目で、ストレートな楽しさではないものの各部に見どころを作ってくれる。
その他の演目でも目立つ、のばらさん固有の手の使い方がこの演目ではより顕著。演目の一貫性を手の主題が繋いでいくようでもある。自分を隠すような手のひらを内に向けた形と、マイムで壁を作るときのような手のひらを外に向ける動きとが好対照。
オナベが演目の中〜後半部に取り入れられていて、そのままポーズベットに移らず衣装替えがあるのだが、シーン終わりの視線を客席に振ったままの暗転がシャープで印象に残る。
また、この演目のポーズは一拍でニュアンスなく決めるのだけれど、先述の手の動きのシルキーな感触と対を成しているよう。


宇佐美さん『アブダクション』。すっかり楽しめるようになった。
ということで、頭で感じていたポーズベットのすごさを、体感的に味わうことができるようになった。一発目のポーズ(とあるお姐さんから教わったものということを伺った)は、むちゃくちゃな快楽の波に溺れているようで、その感じているさまを介してこちらもエロい気分になってしまう。なにより、ポーズを切りながら曲を熱唱するようにしているさまが最高。
歪んだギターが暴れまわるサイケデリックな曲で、おなじみの三点ブリッジやスワンが『アンビバレント』以来のものすごくヘヴィな質感でもって切られていく。そこからラスト、立ちシャチ(ようやく名前を訊いた)の導入がぴょんと軽いジャンプを伴った入りで、重みの連鎖を心地よくここに裏切っていく。ひとつひとつのポーズの効果を最大限に引き出していくような流れ。

『アンビバレント』。初日だけうまく入り込めなった以外、ずっとベスト級のパフォーマンスがなされている。しかもこの日は20人を下回るまったりした場内だというのに、なに手加減することなく最後までハイテンションで演じきっていて、ほんとうに背筋が伸びる思い。

『ナイトクルーズ』。かぶりが空いてしまうくらい人がいないので、久々に座ったら得るものあるだろうかと色気が出て上手の盆横についたら、失敗...やはり表情や空間の余白がとれないとちょっとうまく楽しめないかもしれない。せっかく会心の出来だったようなので余計に。
途中から半ば諦めて体だけ見て楽しませてもらうことにした。それはそれで...なんかこの日は比較的エロい目で見ていた。欲求不満?



人は少ないが知り合いは何人かいた。それぞれが一日中「帰りたくないなあ...」「疲れた...」というのを一生言ってた。みんながんばって。

2022年1月25日火曜日

1月24日(月)[渋谷道頓堀劇場]

御幸奈々(-)
白雪(2)
MINAMI(2)
萩尾のばら(1-2,4)
中条彩乃(1-2)
宇佐美なつ(1-4)


土曜日、知り合いと話していて「次は何曜に行くんですか?」と訊かれて、複数日通うのが当然の習慣になり、かつそれが他人に認知されてる状況になっていることに変な気分だったが、この日劇場にいた武藤さんに至っては新年の挨拶もそこそこに「いなくてびっくりした」などと言い出した。
深追いをしない年なので省エネ(体力・金銭)で過ごすことに。


白雪さん、ワンステージだけ。

さすがに評判が高まっているらしいようす。

今日もまた振付のディティールを変化させていた。舞台裏の慣れないこともまだまだあるだろうに、驚くべきこと。変に新人さんを高く見積もってるわけでもなく、舞台裏の動きのコストは思ってるよりも高いはずで、パフォーマンスの変化に気持ちを向けるバッファが残っているというだけでもかなりすごいと思う。

そろそろ誉め殺しもなんなので、一点気になる・これからの変化を待ちたいのは、「ポーズ」の質感だけは先輩方のそれと違っていて、形をなぞるようなかっこうに見える。多分これは元の背景の差なのかなと思うし、その差が先行するポーズの良さと新たな差異を生み出していく可能性がある。

仕組みもよく知らない素人なので伝えはしなかったけど、今週めちゃめちゃお勉強に勤しんでほしくもある。


のばらさん。『JOY』の面白さが自分に定位したなと感じるのは、気づいたらセトリを組んで立ち上がりの曲などしつこくリピートして聴いてることにある。

ストリップが与えてくれた最も大きな喜びのひとつは、ごくごくポピュラーなヒット曲がそれこそ「裸」になるように、社会的な位置づけや先入観をいったんリセットして印象をまったくあらたにして聞こえてくること

そうした印象をあらたにしたなかで見るM3のポーズベットも、かなり気持ちいい。
M4、立ち上がり曲のイントロのホーンが鳴り出し、パチっとウインクをキメることで、この時間の幸福感を観客と約束するかのようにみえる。そうした幸福の約束を衒いなく差し出せるのが良いパフォーマンスであることは間違いない。

「楽しむ」ことが最終的に観客のほうへ心を向けることと矛盾ない状態にできるのはキャリアの長短と関係しないが、それでも一年の積み重ねが可能にした説得力でもあるのかなと想像する。



文字数増えてるときは大抵は特に楽しかった日なのだけど(書くことは思い出すことに拠っていて、思い出すことは再演だから、書くことが快感になる)、それだけこの日の宇佐美さんは最高だった。

『アンビバレント』、M1の2手目3手目あたりで絶対良い回になるのがありありと確信できただけでなく、M2あたりで投光が森さんにスイッチしたのが分かる爆音オペレーションになり、その音の厚みに押されて踊りがガンガンにドライヴしだして溶けそうになる。この演目は手数多い分、ノればノっただけ強いシンクロを感じる。

ところで、さっきの白雪さんのポーズの「形」の話はここの対比において明瞭で、宇佐美さんがこれでノリに乗ってるときのポーズは本当にフレッシュ(新鮮さ/肉感)であって、その静止型の輪郭を漏れ出す無形の「力」としか言いようのないものが竜巻のように盆に登りだす。

これは抽象的なようでいて常識的な経験の範疇でもあって、誰かの視線が近くを見ているのか遠くを見ているのか、その視線を見る私たちが容易に判定できるのと同じで、力の指向性は人間の同期的な認知能力によって簡単に測ることができる。その意味で、この回は圧倒的な力が投げ出されたポーズになっていた。


自分でヤケクソで出したEDの喩えにふとあらためて感じ直すことあったのだが、このくらい気持ちいいステージのときは別に勃起的に興奮してるということでもなく、快感が局在化せずもっと全身が性感帯になってるような皮膚感覚の鋭敏さがある。性器への囚われが消えて、何もかもどうでもよくなること、それがいちばん深い快楽に思う。


『ナイトクルーズ』も出だしからずっと最高。「言葉が意味を––」という歌詞に合わせて両手を羽ばたくように動かす振りがあるのだけど、あたかも身体の周囲に無数の蝶が舞っているようにみえるその動きと歌われるところの「意味」が重ね合わせられるとき、言葉が確固たる一義性でなくゆらぎという多義性に開かれて、「詩」をそこに招き入れているかに感じられる。
詩は尋常で日常的な言葉から逸脱する言語使用法であり、言葉の意味を生み直していく営みでもある。そうした視点からすれば、振る舞いや仕草や視線のいちいちが、都度に確定的な演目の意味を揺らがしていく詩作のようでもある。電波の届かないラジオも、座る者ない椅子も、そこに宇佐美さんが介在することで束の間に新たな意味を与えて––とはいえ、蝶が花に触れていくように軽く––戯れるようでもある。

この演目の踊りと仕草とをゆるやかに、しかし分ちがたく互いを往来するようなありかたは、個人的にはとても憧れるようなありかたであって、そうしたありかたを自分のなすべき表現として演じている舞台がここにあるということに、何度でも陶然としてため息をついている。



『アブダクション』。踊りが良すぎてED治りました。




徹底してイジる側につく人生だったのだが、冒頭のとおり、ここにきてイジられ役がまわってきた。
今週、どの日に何回行くかなどまったく決めないでいたし、この日も3回目見たら帰ろうかなどと考えてたはずなのに、さて4回目に備えて晩ごはんでも...というところで最後までいるつもりな自分に遅れて気づいた。
それを武藤さんと渡邊さんに話したら「もっと理性的に動いてください」「いや、(筆者には)無理ですよ」と続け様に言われ、そのふたりの言葉の間の良さが完璧すぎて他人事のように感嘆してしまった。こんな即席漫才が聞けるならイジられるのも悪くない...(そういうことではありません)

2022年1月23日日曜日

1月22日(土)[渋谷道頓堀劇場]

御幸奈々(4)
白雪(4)
MINAMI(1)
萩尾のばら(1,3-4)
中条彩乃(1,3-4)
宇佐美なつ(1,3-4)


あまりにも昨日の自分に納得行かず、もともとの所用と合わせて観られることに気づき、リベンジ。


白雪さん。驚くほどの変貌ぶり。既にしてステージを楽しみきらんと振付まで大胆に変化して、人前に立つことの快楽を舐め尽くそうとするような貪欲さがあった。
こんなにもリアルタイムで愉悦を獲得していくプロセスが「裸」になっていることにたまらないほどの楽しさを感じてしまう。これはもしかするとそれほど持続しないことかもしれないが、それにしても...


のばらさん。周年作『JOY』やはり無類に楽しい。どこか宇佐美さんのヴァイブスのようなものも感じてしまう。
引き伸ばされた立ち上がりは、たとえばストーン・ローゼズの「I am the resurrection」のような、長大なアウトロにある快楽を思わせる。終わりなき終わり。


中条彩乃さん、基本的には自分の求めるステージの面白さとすれ違っていて、そのよさを楽しみ切ることはできないのだけど、『クルエラ』のエルから弾みをつけてスーパーエルに移行する躍動感や、立ち上がり前に、ジャケットを旋回させてから振り返りざまに見得を切るがごとくニッと微笑む顔の毎回の確かな精度に感嘆する。


宇佐美さん。『ナイトクルーズ』美しくてほんとうにすばらしい。できればこれだけでも10回観たい...夜の女王のようにエレガントな装いで椅子と踊る後半部、とても親密で優しく、そのことで無機物に顔が宿るかのよう。涙が出てしまう。

『アブダクション』ようやく少しずつ体に入ってくる...?一発目でまったく乗り切れなかったことがトラウマになっていて、もはや観ることが少し怖くもある。
乗り切れなさの理由はたぶんいくつかあって、特にM1では驚くほど明快に(ここに関しては「売れ線」という通りと思う)お客さんを楽しませる踊りに振り切っていて、要するに、そうしたサービス精神自体に引いてしまっているのだと思う。もっと勝手に自分の快楽のために踊ってほしい、という。
これは単なるないものねだりであり、単なる思い込みであり、そしてその思い込みが強いせいで引き起こしたズレが、乗れなさに直結している。けど、そうした客へのサービスが快楽を備給しないわけでもない。けれども...という。とりあえず思い込みをアンロックしていく作業がまだまだ必要。

M5のポーズベットは、もうまぎれもなく天才の仕事だという感じ。帰りがけに曲を見つけて聴いていたが、かなり起伏の大きい構成の曲だが、歌われる内容は変わらずに「あなたとわたし」の主題から逸れずにいて、そしてまた、その他の演目と同じように最後はどこかそれこそ自分勝手に帰っていってしまう(楽曲内でも通信の混線/破断のようにして示される)、一貫した作家性を維持もしている。けれども、曲展開のスケールの大きさに見合うパフォーマンスが平然とできてしまうことにおいて、また一歩表現の領野を広げてもいる。
が、初見でそこまで拾いきれず、いつまでもイップスをひきずっていて、品無い言い方をするとEDのようになってしまう。。


今年の自分のテーマは「深追いしない」だったけど、さっそく人生の計画が音を立てて崩れてきて足元に及んでいる。宇佐美さんのやっていることが身体に入ってこないことの何がそんなにイラつかせるのか自分でもおかしいと思いつつ、確かな納得が今どうしてもほしいというほうが、正しいと思ってしまう。

1月21日(金)[渋谷道頓堀劇場]

御幸奈々(1-2)
白雪(1-2)
MINAMI(1-2)
萩尾のばら(1-4)
中条彩乃(1-3)
宇佐美なつ(1-4)


イップスというのはおそろしいもので...とへたな落語じみた導入になったけれど、自分のなかで「???」が渦巻いた一日。
盛況ながら座れないほどでもなく、いちおうフィジカルだけはゆっくりして見られる。


この日デビューの白雪さん。デビュー週初日、すなわちデビューステージに居合わせるの初めて。しかし、いい意味でデビューの初々しさなく、慣れたステージでとても安心して観られた。
ダンス経験があるというテクニック面の安心もあれど、自分の表情をちゃんと持っている振る舞いのほうがはるかに好印象で、次の演目が楽しみでもある。


萩尾のばらさん。昨年の9中以来だったけれど、今の萩尾さんの輝きぶりに驚く...
とくに1回目2回目は抜群に華やかなステージで、弾けんばかりに生き生きとした空気が満ちていた。振りのひとつひとつにためらいがなく、そういう惜しみない体の使い方が「踊る喜び」を伝えて止まない。
とくに周年作『JOY』すばらしく、立ち上がり以降のアウトロにあたる踊りの長さがぜいたくで、今週の大きな楽しみが増えた。


宇佐美さん。イップスの話は当然ここ。
新作『アブダクション』。M1の衣装と振付のキャッチーさ、それぞれのベクトルは違えど共に意外で驚かされる。また、一発目のポーズで信じがたいほどカッコいい入り方を行っている。にも関わらず、複数の印象が並走していて、うまく乗り切れない。うーん...?となったが、4回目は少し分かりかけてくる。

初渋谷の『アンビバレント』も、乗り切れないまま...
あれ...?というのが自分の中に重なってくると、その事自体に落ち込んでくるし、力むほどに空振りを繰り返してしまうイップスが生まれてくる。

自分にもこういうことは何度か経験あり、できてた技が本当に突然やり方を忘れてしまったようにうまくいかなくなることがある。それはかなりの恐怖で、もう二度と戻らないのではないかという恐れが、また成功を遠ざけてしまう。
あんなにも強い快楽の対象だったことから、こうしたあれ?が反復されると、その空振り感をどんどん強調して感じてしまうし、それはむしろ集中して感じながらみることの反作用なのかもしれない、と一晩経っておもう。

『ナイトクルーズ』。渋谷の音響ですら不十分に感じるほど、まさごは完璧だった。
この演目は相変わらず、ずっとプライベートな感覚のための演目で、そんなに感想を書きたくないというのがある。演目の演劇的(謎めいた小道具の仕様や何らかの線的な展開を感じさせる構成)な側面より、むしろ演技性(小道具に接する時や、展開に応じた表情)によって明らかになるパーソナリティーがたまらない魅力になっている。
M4、本舞台ではじまる椅子とのダンスが優しく、慈しみや懐かしみのような繊細さに触れるような踊りであり、しかし盆入りから椅子との合一感のまま溶け出していくように宙に足を漂わせるのは、そうした優しさの距離感から一歩踏み込んだ強い官能にダイブしていく姿のようにも見える。M5の最初のポーズは官能に打ち震える痙攣がそのまま体を仰け反らせて"ポーズ"として形をなすようなありようを示している。


それにしても新年最初から何をしてるのやら...という日..

2022年1月7日金曜日

1月7日(金)[大和ミュージック]

相田樹音(1)
かすみ玲(1)
三月涼々(1)
KAERA(1)
望月きらら(1-2)
山口桃華(1)


10結ぶりのきららさんを見に。場内かなりのまったりモード。


きららさんのOL演目は、花道でコケて、持っている書類を宙に巻き上げるアクションからスタート。ベタ中のベタみたいなシーンでも、間とためらいのなさによって一挙に空気を活気づけるパフォーマンスになっている。舞い散る書類のひらめきの視覚効果と、その書類を片すのに観客を巻き込むライブ感の両方がある。
リクルートスーツ的なあっさりした装いは脱衣もシンプルだが、花道に置かれた椅子の上でストッキングを破り体をまさぐるシーンは『蝉』の団扇で体をまさぐるシーンと同質のニュアンスがあった。全身が性感帯に変化したようなうごめきというのか...
座位と立位を行き来する自在なベッドは、重みから解き放たれているようだが、まさしく中空で体を支えるところの椅子という小道具もそうした感触の演出に役立っている。そもそも花道(大和だからこそとはいえ)という本舞台と出べそをつなぐ間(あいだ)の場で脱衣があることも、主題的な一貫がある。もちろん、きららさんはこうした論理で以て演出しているのでなく、抜群のカンで直截にステージの核を掴めてしまうのだろう。


大和は好きなのだが、やはり来るまでにかなり疲れてしまうことが多い。距離もさることながら、小田急の頻繁な遅延もある。職場から直行モードもキツいが、帰宅すると1回目に間に合わないジレンマ。


思えば1頭は友坂さん、さゆみさん、きららさんとご挨拶をしたい踊り子さんたちにたくさんお会いできる週だった。今年はどんな面白いことがあるのだろう...などと、一段落したふりを自分自身にしてみせたところで、来たるべき1結がまだまだ一向に近づいていない現実と向き合うことになるのだった。まだっすか...

2022年1月4日火曜日

1月4日(火)[渋谷道頓堀劇場]

翔田真央(1,3-4)
浅葱アゲハ(1-4)
石原さゆみ(1-4)
天咲葵(1-3)
金魚(1-3)
六花ましろ(1-3)


職場から道劇に直行して整理券配布待ちへ。荷物を置くのは初めてのこと。おかげでいい位置で観られることに。しかし座りでもトリプル進行になると尻が痛くなることに気づく...

翔田さんの偶数回演目、ベッドがエアセックスで、ポーズ無しにそのまま立ち上がりへ移行するのだが、そこから最後まで特に何もしないままにまるまる一曲使い切る時間の使い方にベテランならではの芸を見た気がする。

浅葱さん。昨年の7頭以来。今回3個出しだったが、それぞれに見どころを見つけられた。なによりベッド時の体の美しさに惚れ惚れしたし、表情が毎回魅力的で、次の機会が楽しみになった。
ことに『アゲゲーム』は某作のパロディで元ネタは分からないものの、エモーショナルなスタートに続くインタラクティブなシーンで抜けた感じになるバランスもいいし、ラストに全身タイツのようなスーツを脱いでいく過程が、その脱ぎにくさによって強調されて妙にエロティックだった。また武藤さんの話を聞いて以来かなり意識するようになった「一切の装飾具なしの裸体」があらわれて、たしかに相応の見ごたえが増すのも感じた。

さゆみさん、3個出し。昨年夏に出していた和装演目と、スキー演目と、DJ演目。ところで、翔田さんの1回目が「火の鳥」モチーフで、続く浅葱さんが「卑弥呼」モチーフと新年早々からすごい並びだったのが、続くさゆみさんがDJ演目という高低差。これぞストリップの公演だなあというデタラメさだった。

DJ演目はでかいDJブース持ち込みで前面には「SAYUMI」のロゴが光り、中盤以降はイコライザが上下する映像も流れ出す豪華仕様。だからなんなんだと思いつつ、その手間のかかりようにノせられてしまう。テーブルにはDJコントローラーも据えられていて、一回だけターンテーブルをくるくる回したりする。
ベッド着が絶妙。トラックパンツにキャップを目深にかぶって、白いクロップトップのパーカー。パーカーの下が黒いレースの下着で、すでに胸が透けてる。さゆみさんのクールなエロさをはじめて見たので、これだけでもかなり楽しめてしまう。そして、おそらく日本で一番有名なクラブソングである名曲のラップパートでは、ビートに無頓着な下着の取り去りがある。決してビートに"合っていない"のでもなく、"無視している"のとも違っている。このときの音楽の聴こえ方こそ、自分がストリップでしか得られないと感じている絶品の体験なのだが。
ひとつの感覚の集中は他の感覚を後退させる。たとえばオープンショーで手拍子してるとき、ふと一部に視線を合わせるとき、リズムを保てなくなるようなことが自分にはある(単にリズムキープが下手ということもあるかもだが)。
ショーにおいても、裸体が現れるとき、特に視覚へ意識が集中するだろう。すると、流れている音楽がやや分離して感じられる(ことがある)。しかし、一方の感覚が崩れそうになりながらもギリギリでバランスを保ちつつふたつが並走しだすようなパフォーマンスがあるということ。ただ、それが発動する条件はいまいち分からない。

ラスト、立ち上がりのあとにブースの裏でもう一度服を着てから現れたのにおどろいた。裸体という現象へのどうでもよさ。

8中以来の和装演目(微妙に衣装が変化していた)と12頭まさご以来のスキー演目。どちらもポーズを切るときに、"曲の重さ"みたいなものを身体に乗せているかのように見えたのが印象的。ジャストでパシッと決めきらず、うっかりすると取りこぼしそうなギリギリで、しかし曲の高揚感を確実にガイドする脚の伸びがあった。
どちらの演目でも石原さんのお客さんたちがナイスなお遊びをプラスしていて良い。さゆみさんがそれに対して目立ったリアクションをしないのも良い。
そういえば雪合戦のスタートのとき絶妙な煽り顔をしていて、これもよかった。

結局、多面的なキャラクターというのはあれこれ何か言いたくなるし、しかし包括的には言い表せられないからこそ常に不足を感じるし、その不足を補うためにこそ、何度も会いに行ってしまうのだろうなと思った。


進行押しまくり、ポラカットが導入された。4回目はMさんのアナウンスで「15分」が宣告され、しかし「15分"も"あります」と言いつつ、アナウンスを終える頃には「では残り14分です」ときっちり勘定していて笑ってしまった。

1月28日(金)[渋谷道頓堀劇場]

御幸奈々(2) 白雪(2) MINAMI(2) 萩尾のばら(1-2) 中条彩乃(1-2) 宇佐美なつ(1-2) 昼間の予定が(自分の勘違いで)飛んで、どうしようかな...と悩んだ挙げ句に一番楽しそうな場所に行くことにした。こういう突発行動がいちばん自分を生き生きさせる。一回半しか...