2021年12月24日金曜日

12月24日(金)[渋谷道頓堀劇場]

eye(2)
箱館エリィ(2)
空まこと(2)
虹歩(1-2)
ささきさち(1-2)


もうちょっと後半に行こうかと思ったが、道劇でささきさんの「デビュー作」を観ておきたくて、さくっとだけ。回数券の特売前日だけあってか、悠々座れる。

虹歩さんは、前回のミカドからどんどん好きになっている。踊りの良さより(というと語弊があるが)、虹歩さんそのものの良さというか、かわいさのようなものに惹かれてしまう。べつに特段愛嬌を振りまいてるわけでもないけれど、年齢を重ねることのポジティブな側面が、振る舞いをずっと新鮮に保っているような感触がある。その人がただ舞台に立っていればいいというような。
もちろん虹歩さんはただ立っているような時間はほとんどなく、絶え間なく踊り続けている。だがその踊りも「技」ではなく、自らの身体にこそ根拠がある充実感があって、だからこそ裸体も輝いて見えるのだろう。

ささきさちさん。空まことさん、虹歩さん、ささきさんとかなり細身の踊り子さんが続く香盤で、その姿形の類似がかえって「身体」のありようを比較させる。
「デビュー作」は変わらずエロい。動作が少ないのにベッドで何をしているかまったく記憶できないのだが、うつむき加減に保たれる視線が時折客席に向けられるとき、翳刺すような鋭さがあって、ほんとうにゾクッとしてしまう。
先日武藤さんが振りの少なさと踊り易さは比例関係にない、という趣旨のツイートをしていたが、ささきさんのベッドにあってはただひたすらに「見られる」ことだけが持続する肉体の提示がある。振りの少なさは技術的なハードルの設定より、踊り子が客の視線に晒されることの経験=時間をイニシエーション的に通過するためという側面もあるのではないか、とすら感じた。

「2周年作」は、舞台の上手と下手にピンクと白がねじれて合わさるようなデコレーションの蝋燭を模したスタンドに、それぞれ巨大なスプーンとフォークが据えられている。その間で、盆の円周と同等の裾幅を持った大きい白いドレスを着たささきさんが立っているスタート。さながらささきさんはウエディングケーキか何かが人になったようなかたち。
まずはギミックの大きさに驚かされるが、それよりも、上体が上下に浮き沈みするような振付が目を引く。腕以外の体の線が見えないから、ふしぎな見え方をする。
衣装替えの後に脱衣があり、ベッドに移ると太腿に仕込んでおいたスプーンを取り出してのオナベに。大掛かりなセットとスプーンという小道具からさゆみさんの演目をつい想起するが、スプーンを横に咥えながらの愛撫には、ちょっとめまいがするほどのエロさが溢れだしている。ふつうにそれは、性的な昂奮を催すようなものだったと思う。また体を撫ぜる手具の扱いにきららさんの「蝉」や「浅川さん」のようなエッジの立ち方はないものの、そこまで攻め込みますかという使い方がひとつある。
ところで、可食的な体のイメージとはクリシェに他ならないけれども、ストリップにはそうしたクリシェをぶち破ってしまう「パフォーマンス」の強度がある。食べられる私が、食べるための道具であるスプーンを使って自慰することを見せることには、イメージが追いつかない地点で自律した何かがある。
ポーズベッドでは、今のところ自分が見たことのない、速度感のある振りがつけられている。止めハネをしっかりした折り目正しい書体が基本の動きであるささきさんが筆記体に挑んでいるような、別の場所に行こうとしている感触そのものが好ましい。ギミックや展開、演出に加えてこうしたダンスの水準でも挑戦があり、デビューからの2年を総まとめするのでなく、既にして3年目へと踏み出している意欲に、素朴にエンパワメントされる。紛れもない作家であるささきさん、今後の新作がどんどん楽しみになってしまう。


どうでもいいが、ポラのとき扱うデジカメのシャッターの感度は機種それぞれで、けっこう深く押し込まないとシャッターが切れないものが多い。が、ときおり思ったより浅いところでパシャっといってしまうものがある。前の人の2ショット、うまく撮れてなかったのでは...という懸念が残ったクリスマス・イヴ。

0 件のコメント:

コメントを投稿

6月6日(月) 道頓堀劇場

例外的更新。 舌の根も乾かぬうちに...とエクスキューズを出しておきたいところだが、書かないほうがいくえにも不自然だと思われたので、形を変えて書いておく。 6月6日。朝からずっと雨。気温も前日からぐんとさがった。 こういう日に劇場に行くとき、きまって他人の体調を考える癖がついてし...