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2022年3月15日火曜日

3月14日(月)[ミカド劇場]

葵マコ(1-4)
白雪(1-4)
望月きらら(1-4)
永瀬ゆら(1-4)
六花ましろ(1-3)
春野いちじく(1-3)


ストリップを見始めてからいちばん間が空いた。
武藤さんに「お久しぶりです」と言われて「お久しぶりです」と返したが1ヶ月前に上野で会ってた。久しぶり?


デビュー週以来の白雪さん。『デビュー作』がまた変形していた。腕の振りがかなり増えていて、パーツの長さが際立つ。どういうブームの変遷があったのかはわからないけれど、見られることや言及されることでフィードバック的に手脚の長さが活きた踊りになることがあるのかもしれない、と思うなど。
最新作の『おんな』は邦楽揃えで。この演目は衣装替えでのナース服がみどころ?だろう。聴診器とシガレットケースがキャラ付けの小道具。ちょっと所々で口がムズムズしたが、必要とあらばお姐さん方のご意見が入ることでしょう。そんなことよりポーズで『アブダクション』で見たものが。思わずニコニコした。1結の頃から覚えたものをすぐ取り入れてるフシがあったのでこれは...と確認したらやはりお姐さんにご指導いただいたとのこと。4回目では、直前まで即興の踊りが増えていたのでそのポーズに入るまでの間が足りずに形が崩れていたが、決して悪印象にならないのはそうした「どうしても今踊りたい」という欲求が素直すぎるほどに伝ってくるからだろう。"新人らしからぬ"という評判が各方面に行き渡りつつあるようだが、白雪さんのパーソナリティの得難い素直さも合わせてどんどん伝わっていく気がする。
『無常』。M1の選曲もさることながら、ヴェールで口元を隠してパイプを片手に持った白いドレス姿が最高にクール。踊りも表情も抑制されていて、それがまた映えること。M2では一転して踊る踊る。音を捉えた振付が明確なコントラストを描き出していて、このM1-2の流れは再見が特に楽しみ。

それにしても、こういう才能とパーソナリティーの人がもし自分の業界で近いところにいたら、何を言って何を言わずにいるかとても悩むだろうな...と考えていた。概ね、放っておけばガンガン勝手に学んでいくだろうという安心とともに、素直すぎる(ようにみえる)性格は相変わらず老婆心を刺激する。


きららさん。『うる星きらら』では冒頭のドローンの操縦がいかにもきららさんぽい。予想外に行き来する飛行体はステージと客席の垣根を崩して笑いを振りまく。『ガネーシャ』はひたすら踊り倒す系列の、いちばん期待している類の演目。M1-2とずーっと絶え間なくいい踊りをそれも豪華な衣装で見せられると、このあと服まで脱いでくれるのか...と謎の満腹感に襲われる。衣装を脱いでもまたさらにその下から仕込んでいた布がズバッと引き出されてトランスフォームする。尽きない運動と意外性への執着は「芸」の最大値であるポーズベッドをより高める。あまりにも意外な速度で入ってくるので、格闘家が関節技をキメられるときはこんな感じだろうと想像してしまう。
それにしても、きららさんの局部には顔がある。何を言ってるのか...となるが、はじめの頃、唯一動きのない場としての局部があり、それをことさらに見る意味が生じていなかったのだが、きららさんのものには何か主張があるというか、隠語としてある「花」が存在感をもって感じられるというか、独特の印象がある。


この日は葵マコさんの『フランソワさん』『アオハル』がいちばんの収穫だった。
とりわけ『フランソワさん』の選曲の趣味の良さと曲間の絶妙な間合いの妙、M2でランジェリー姿でスポーティーに、しかし表情をへんに作らず踊る姿の美しさや、そこから下着を取り去って袖にハケる直前、全裸で胸だけを隠して(この隠す腕も、直前に袖へ処理する下着の投擲がそのまま体の前に残る形である)、つまり下は晒したまま笑顔を向けて袖に消える姿の圧倒的な品の良さ...そしてベッド着で前のジッパーを降ろして再び裸体が現れるとき、どうしてついさっき一度は見せた裸がこうも真新しく見えるのか、一向に色褪せないストリップの不思議さ・新鮮さが訪れる。ポーズも1回目と3回目では順序が違っていたような気がするのだが、特に1回目では体を反らして腕を宙空に伸ばして肘が伸び切っても、もたげた手首が回転して指が天を指すまで拍手が起こらず、じょじょに結晶していく氷のなりゆきを見守るような緊張感が場内にあった。

ところで、きららさんの『パン屋の宮原さん』、白雪さんといちじくさんが駆り出されて、めちゃくちゃ質の悪い忘年会みたいな空気に包まれていたのだが(良いとも悪いとも言っていない)、いちじくさんの存在感が素晴らしくて、あの望月きららを「食っていた」と言っても過言ではないと思う。学生服姿でズボンをずり下げてずーっとおしりだけ出しながらふらふらしてるだけなのに、それがあのステージではもっともふさわしい振る舞いと頷ける説得力があった。かと思えば思い出したようにキレあるダンスを披露し(キレのある踊りを行う必然性は別に生じていないのだが)、今その時間ステージ上で何の責任もない(お遊びの演目であり、むしろぐちゃぐちゃにすることが望まれている)ということを、いちじくさんよりうまく引き受けられる人はいないのではないかと感じた。きららさんとの関係性およびいちじくさんの資質。


渡邉さんがアゲハさんとおそろいのカラーリングにして現れたり、某配信での某スト客への扱いの良さにヤキモチを妬いていたり、道後で仕込まれたらしい3150ポーズを武藤さんが繰り出していたり、皆どうかしていた。

2021年11月19日金曜日

11月19日(金)[ミカド劇場]

アキラ(1,4)
山口桃華(1,4)
宇佐美なつ(1,4)
虹歩(1,4)
あらきまい(3)


変則的な観劇。イレギュラーがおもしろくなりつつある。


「量産型と呼ばないで」。ベッドで犬のポーズをするところで「ワン!」という動きが足されて、それがかわいい。エロも創作できるように、当然かわいいも創作できる、のだけど、ストリップであんまりこういう「かわいい」を見たことがない気がする。けど、見慣れた人の演技だからそう感じるのかしら..."萌え"だった。

「アンビバレント」。最高だった。M1からずっと楽しそうで、本当にそれだけですべてがOKになっていく。この回は真正面から見ていて、当然目が合う頻度が高まるのはあるけど、なにか今リアルタイムで会話しているような感覚になってしまう。
勘違いであったとしても、そんなことに強くリアリティを感じるなんてことが初めてだし、妄想だとしても「今、(お互いに)楽しい」というメッセージを交換しあってるような体験の強烈さがあってしまった。にわかに信じがたくもあり、でも、身体に残る幸福感がそれを否定しきれないでいる。なんでこんな時間が起きてしまうんだろう...

続いての虹歩さんまで拝見して帰った。新作M1の振付が格好よく、見惚れる。

ただ楽しんで1日が終わる。ほんとうにちょっとしたやり取りや、タイミング、そういうものが"この日"のために噛み合って万全になるような1日だった。

2021年11月17日水曜日

11月17日(水)[ミカド劇場]

アキラ(1-4)
山口桃華(1,3)
宇佐美なつ(1-4)
虹歩(1-3)
あらきまい(1)


朝からせっせと同人誌の作業をして、開演30分前に入場。この日、武藤さんやhideさんにいつも話す常連の方など、宇佐美さんを追って見ている方々がとりわけ揃っている感じがあり、朝からそれぞれと話しているだけでずいぶん楽しむ。

「アンビバレント」が1回目からたのしい。M1はどうしても乗り切れない振付に感じてしまうが、尻上がりに高揚感が増して、ベッドは宇佐美さん自身もかなり楽しんでいるようで最高。初見の日から「Positive」と対比的に見ているけれど、あのくらいガンガンに楽しんで踊ってもらうといいと思うし、この日もその予感があって感じ入るものがある。朝から泣くのもどうかと思ってちょっとこらえる。

「量産型と呼ばないで」がすばらしかった。前回見たときもM1-2の乗りこなしっぷりが最高で、絶対外さないという安定感があっただけでなく、今回はラストのベッドで突き抜けていくようなカタルシスがあった。どうしてそれが発動するのか、いつもよりいいと感じられるステージのとき、音楽がいつもより鮮明に聞こえだすことがある。
この日宇佐美さんを観に来た友人と話して、この演目についてきれいな読みを提示された。徹頭徹尾憧れの人に気持ちが向いた女の子の話で、前半が量産型女子=バンギャであって、M5はそのまま素直に憧れの人(≒この曲の歌い手)に認められる物語と。言われればその通り。
が、女の子にあれこれ知識を教えようとする男の姿は戯画的にしか読めず、女の子としての立場に自己投影することは相当難しい...のと、どうみても「バカ」には見えない演じ手がいて、歌われるキャラとの乖離もある。

「黒煙」。9月以来あんなにもハマっていた演目に2回ともハマりきれず。2回目は座って舞台に近いところで、かなり意識的に集中して見ようとして、ようやくいつもの感じ方に近づける気がしたが。
コースごとの演目の選定はいつも工夫があって、今回のように突発的に追加されたことでバランス含めて違って見えることもあるのかもしれないし、やや平板な照明(とはいえ大阪のもっとひどい照明でもよく見えてはいたので、場内の明度のほうが大きいかもしれない)のせいかもしれないし、本人のパフォーマンスかもしれないし、そもそも自分のコンディションのせいかもしれない。

うーん、と悩んで、ポラ列に並んでるとき「今日の黒煙ちょっと違いましたよね?」と常連さんに確認して同意を得た。そうだよなーと安心したこともあって、けっこう細かいツッコミを入れてしまう。
ただ、その時々のパフォーマンスに対して、いちいち言葉で介入していくことが正しいかといえばそうでもない気がするし、イレギュラーとして流せばいいとも思う。そもそもこんなに繰り返し見る人間の話をまともに聞いてたら身がもたないわけで。とはいえ、集中と自閉には微妙だが決定的に差があるし、まあいいかと思って話す。そのことで、これは何か宇佐美さんに甘えてるのかなと感じたりもする。

2021年11月12日金曜日

11月12日(金)[ミカド劇場]

アキラ(1-4)
山口桃華(1-4)
宇佐美なつ(1-4)
虹歩(1-3)
あらきまい(1-2)


開演1分前に到着。当然席は埋まってるので立ち見。

9中大和以来のアキラさん。立ち踊りとポーズが等価に扱われるようなスムースさ。とはいえ動きが流れて弱まることもなく、熟達の芸そのもの。偶数回演目のベットすばらしく、スムースな運動のうちにティーズが挟み込まれて脱衣を強く印象づける。またミカドの盆というかでべそのあしらいが巧みで、狭さのなかで整えようという気がなく、悠々はみ出して空間を活用していたのも見応えあった。
前も書いたけれど、ポラ中などずっといじりに徹する強めのお姉さんなのに、踊ってる間ほとんど絶えず浮かんでいる可憐な笑顔が踊ることの喜びを体現しているよう。
この日初ストリップだった友人がアキラさんにハマって、ポラも行っていた。その写真を見せてもらったら、これもまたすごいチャーミングな笑顔でとても良かった。

宇佐美さん「量産型と呼ばないで」。初見。記号というか実際のキャラになりきって(?)踊るM1から、"量産型"的私服風衣装でこれぞ「宇佐美なつ」というバリバリに音を拾っていく振付が、しかもこの日は朝イチから決まりに決まっていた。
衣装替え以降、オナベからのポーズベット、なのだがM5まである展開の幅と、M5の自虐的(男性にとって)でもアイロニカル(それを演じる人にとって)でもある歌詞など、めずらしく理が勝ってる感触もあり、面白いけど"ウケる"演目じゃなさそうかなと感じたら、実際、比較的短い期間しか演じられなかったらしい。観られてよかった。
ラストの方で、ちょっとした居眠りの演技が入るのだけど、クサくなくてよかった。あと、私服風の衣装というのがレアで、かえってドキッとするものもある、が、ストンと下だけ降ろして、振り返ってお尻だけ見せて暗転、という脱ぎの見せ方がさすがのシャープさ。

「アンビバレント」。広い舞台ではあるものの、盆は狭いしで大変そうに見えた。すばらしい演目であるにしても、演目の難しさを感じることも多々あり、なんというか初めて"応援"したいような気持ちにもなった。
制作というのは、クリアカットしたものを提示できる場合もあるし、複雑に絡まったものを部分的にほぐすようにして提示せざるを得ない場合もある。後者は前者に比べて見劣りを感じたり、不満を感じたりすることも起きやすい(制作者にしても観客にしても)けれど、キャリアの前後の必然性に基づいて、そうならざるを得ない(=毎回はクリアに提示できない)ことがあるはずだ。それは、なんというか、ものを作ることの醍醐味のようだし、アツいな〜とか思ってしまう。ストレートにアガる感じがないときも、それはそれで受け取れるものがある(という対象になってしまった)。

最近、タンバリンの音が耳に入ってくるようになった。一度、シャッグス顔負けのリズム感で会場を凍りつかせていたような人もいたが、手慣れた人のタンバリンのリズムは耳障りでないだけでなく、音量も手数もいい塩梅でキープしている。そしてなにより、音響的な効果というか、そういう参加意思そのものによって場を活気づけることがあるなと感じる。
ある程度の回数を聞いていればタンバさんの差異も掴めるようになるし、すると音量の加減から演目への理解の表れを受け取れるようになるから、「観ている」ことの生っぽさが、タンバリンの応援の仕方によって具体的に生じてくるような感覚があって、面白い。

2021年10月18日月曜日

10月18日(月)[池袋ミカド劇場]

海野雪妃(-)
工藤リナ(2)
漆葉さら(2,4)
坂上友香(1-2)
黒井ひとみ(1-4)
望月きらら(1-4)

 

武藤さんいらっしゃるということで、別件に用事もあったので行くことに。さすがに疲れてこの週は諦めるつもりだったが...結論からいえば、望月きららさんを見た過ぎて最後まで居残ってしまう。

 黒井ひとみさん。「えっちなあいどる」「飢餓海峡」「Black Lily」3個出し。話に聞いていた「飢餓海峡」は芝居仕立てのストリップ。人形振りからはじめて、黒井さんの一人芝居が物語を進め、性交シーンをストリップ的な見せ場に据えているもの。東北出身の自分にはどうしても引っかかってしまうイントネーションがあるし、率直に楽しめたかというと難しいのだが、ともすれば「踊り」に焦点化してしまう自分の目を「演劇」のほうにずらしてくれるという意味で、やはり黒井さんは特別な踊り子だと思う。
ストリップは服を脱ぐことだけがそのジャンルの本質であって、そこにどのようなジャンルが介在しようとよいわけで、演劇的なストリップの可能性を黒井さんやその他の踊り子さんが広げていくのに、好みの問題を越えて付き合っていきたい。まあ、ここで言っている「演劇」はずいぶん適当な言い方ではあるが...

 その点「Black Lily」はストレートな傑作だと感じる。設定・衣装・小道具・選曲のどれもがビシッとハマっている。略して「BL」とも表記されるこの演目が、同性愛の自由を言祝ぐ作品であることは言わずもがなだが、百合やBLといったジャンル的な想起がエンパワメントするヒューマニスティックな愛の自由を遥かに飛び去って、すべての性倒錯を開放するスケールを持っているとすら感じる。
それはビニールの無頭のトルソーが、見立てとして擬人的であると共に、ポーズベットのとき一緒にひょいと持ち上げられたりすることで、その軽さから単なる"もの"性が浮き彫りになり、擬人的な見立てがつかの間崩れてしまうことにもある。黒井さんが股間に舌を這わせるとき、それはあらゆるセクシャリティが対象であると共に、ビニールのトルソーそれ自体に欲望している可能性を考える。なぜなら「神様は何も禁止なんかしてない」のだから。この「何も」をこそ、文字通り受け取るべきではないだろうか。無限定の性の自由が、修道服の天国とボンデージの地獄の間に、高らかに肯定される。

 望月きららさん。天才。1回目「酔っ払っちゃった〜」は、小道具に酒が出てくる。すると当然、"酔ったから脱ぐ"という展開は即座に予想できてしまうわけだが、そうした予想は完全に的中しつつも、それに至るプロセスが記憶しきれないほどに豊か。あらゆる時間に「芸」の刻印が深々と刻まれていて、視線も客とのコミュニケーションも脱衣も、すべてに見どころがある。何より驚かされるのは、重機が駆動するようなポーズの切り方。ただ脚が宙に伸びるのでなく、支える足が体全体を起こしつつ、しかし一度沈んでからまた持ち上げるような、多段階の運動を行う。あれは一体なんなのか。

 3回目「Run the World」もM1から驚愕。黒と金を基調にしたド派手なヘッドドレスを装着しながら、ピンヒールブーツでガッツンガッツン踊り倒す。しかも、世界一有名な女性パフォーマーの音楽を使って...ギャグめいて本人は「スーパーボウルのハーフタイムショー」などと言うが、その"圧力"に関してほとんど見劣りしない。
きららさんは、小柄にも関わらず、信じられないほどヘヴィな質感のダンスをする。それは自身の胸の大きさやお尻の張りを完全に自覚的に武器にしていることにもよるだろう。かといって、線形の流麗さというか鋭角さもある。なにより踊る喜びがある。そして、その喜びがまた次の踊りを招いている。

 きららさんについては、様々に考えられることが多い。とりわけ、サービス精神が一秒たりとも休むことがないのに、「芸人」的なパーソナリティー特有の臭みが皆無なことだ。
自分は職業病的に、芸人の行為の"狙い"を敏感に感じてしまうし、それが感じられると一気にしらけてしまうこともあるのだが、きららさんが意識的に何かを仕掛けても、不遜な自信や慣れが本当に感じられず、けれども"天然"とかでもなく、これをなんといっていいものか非常にむずかしい。こんな人、なかなかいない。もはや天性の芸人肌と考えるほかない。

ミカド劇場はキャラの濃いお客さんが多い気がするけれど、この日は際立っていた。そんな中、ちょいちょい落ち着きなく中座していた酔っ払ってるおじさんがきららさんのポラ中に戻ってきて、事あるごとに笑っていたのだが「笑ってるけど、さっきおらんかったよな!?」「ぴったりの演目やってたんやけど?」「いや、いませんでしよね!?」と絶妙の間で何度もイジり倒していた。あれは真似できない... 

2021年7月9日金曜日

7月9日(金)[池袋ミカド劇場]

玉(1,4)
海野雪妃(1,4)
eye(1,4)
望月きらら(1-4)
川越ゆい(1,3) 


雨。劇場内はほどほどの混み合い方。

武藤さんが初見さんを伴って来る。今日は結構混んでますねと立ち話していると、今日は混んでないほうだよと突然、近くの客が言う。そうなんだ。
今回はゆったりモードで外出多めに、お目当ての望月さんを軸に観劇。


望月さんは4個出しでその都度に多様な演目の方向性を見せてくれるが、「望月きらら」が持つ「踊り子/芸人」という中心が強固で、アイドル曲でも、浴衣着の夏演目でも、スーツスタイルで決めたレビュー的なショースタイルでも、コントでも、何をやっても成立してしまう。
そのどれをも貫いているのが度外れな"エロ"なのだが、望月さんのエロはある意味今までの誰とも似ていない。むしろ分かりやすぎるくらいに局部に攻め入ったり官能的な仕草をしてみせたりするのだけど、なにか過剰さがあって、エロさにある湿度が乾ききったあとに残る即物性すら感じてしまう。
それは、ボディラインの見せ方や衣装の大見得を切るがごとき扱いや、小道具全般に対する感性がことごとくシャープな形、あるいは画を作っていて、そのエッジが際立つから、観ていても感覚が同期する以前でカットアウトされるようなところから起きているのかと思う。
たとえば「歯科助手の浅川さん」では、電動歯ブラシを使って、「蝉」では団扇を使ってあれこれ(あれこれ)するのだけど、動きの遷移が多くて、感覚を添わせる前に、視覚的な鋭さに切り込まれる。既存の語彙で名指すなら「卑猥」としかいいようのないムーブなのだけど。

また、望月さんはとにかく観客を「見る」。望月さんは「見る」ことで、視線の相互作用に巻き込まれることを受け入れている。シリアスなベッド中、観客のちょっとした行動で吹き出したりしているのには、びっくりした(まあ確かに笑っても仕方ないようなことではあったが...)。もちろん、ごく一部の観客しか気づいていない程度で、演技の進行も破綻しない。けれどそもそも、シリアスな演技中に、何か観客に動きがあってもふつうは演技を優先してスルーしてしまうし、そこで視線のコミュニケーションは取らない。自分が視線を向けることで観客に変化を与えることは当然やるにしても、自分も観客から影響を被ることをここまで自然に受け入れている人はなかなかいないのではないだろうか。

いっけんフレンドリーに視線を合わせにいっているように見えても、その実、いっこうに変わる気がない身体というのがある。それはそれで覚悟のあり方だろうけど、望月さんの融通無礙を知ったあとにどの程度信頼できるものなのか、少なくともかすかに疑いは抱かざるを得なくなる。


それにしてもOPもポラも本当にひどくて、ずっと笑わされてしまった。

2021年6月17日木曜日

6月17日(木)[池袋ミカド劇場]

山口桃華(4)

JUN(4)

浅井ひなみ(3)

宇佐美なつ(1-4)

あらきまい(1-4)


朝から雨。この日ははじめて(半ば強引に)友人を伴っていく。雨のド平日なのに満員。最後方上手側の柵に位置どる。

ほかの用事もあったので、少しゆったり目に入場していて、ほとんど宇佐美さんから観始める。1回目の「spring vision」が終わって明転すると、となりの友人から「推しメンかもしれん...」というつぶやきが漏れる。なにかに勝利した気分。

あらきさんが印象深い。この日、はじめて「体」の美しさをうまく受け取れた気がする。明確な扇情性が、気品と矛盾なく同居しているありかたに、脳が揺れる。オープンショーで客を見つめる視線が忘れがたい。

何回目かの合ポラで山口さんが変面の衣装で登場。ひとりだけ厚着に仮面をつけたよく分からない人が混ざっていて場内一同笑う。

宇佐美さんは、さすがにもう冷静に観られるだろう、いや、念には念を入れてと、相当不親切に構えてみてると、ことごとくそうした不純さをアンロックしていく。構築された芸が起動させる「踊りを見ることの喜び」を、秒単位で叩き込んでくる。ラストの「positive」では少し泣く。

ポラに並ぶのに財布から札を出すと友人から「流れがスムーズすぎて板についている」などと言われる。ポラを撮るのは3現場目だし、そもそもアイドルの特典会もめったに行かないというのに、なぜ。

言い残したことがあって、はじめて脱衣でもポラを撮ることになるが、まったく慣れないので本当にただ単にダメな人間になる。ちょっと込み入った感想も伝えたけど、うまくフェアネスを保てる気がしなくて少し自分に落ち込む。

JUNさんのムード歌謡的な曲で揃えられた演目に陶然。音楽の快楽を増幅してくれる踊り。

2021年6月11日金曜日

6月11日(金) [池袋ミカド劇場]

山口桃華(1-4)

JUN(1-4)

浅井ひなみ(1-3)

宇佐美なつ(1-4)

あらきまい(1-4)


頭がおかしくなったので、いっそしばらくクールダウンしようかと思ったのもつかの間、やはりと思い直して二度目の宇佐美さんを観に行くことに。朝からアホほど気分が浮き立っていた。劇場前でまた武藤さんと出くわす。挨拶もそこそこに「ヤバいですね」と言われる。ヤバい...この日、いわゆる「プンラス」を初経験。

開演前、本舞台にモニターが置かれていて、ソフトAV?のようなものが流されている。特に誰が目を向けているわけでもなく、なんともいえない空気。下手3列目端につくが、なにか見づらいので上手側に移動。

山口さんは笑顔がとにかく際立つ。語弊をおそれずあえて直截にいえば、明るい美人さんが踊っている、ということだけで舞台をもたせる力がある。なにかしきたりに基づくのかわからないが、フィナーレで他の人が出入りしやすいよう袖幕を持っていたり、人柄が伺えるような気に。

あらきまいさんは、ポラのときのやりとりが純度100%のアイドルのよう。女性ファンが多そう、とおもうと、やはり常連さんとお見受けする女性の方々がいらしていた。

宇佐美さんは「spring vision」と「positive」。後者は1曲目で大笑い。まさか!

思いがけず背景を共有する部分がわかり、ご縁というか必然性というか、深く納得してしまった。「positive」も、何もかも完璧としかいいようがなく、とにかくステージを見る幸福に打たれてしまい、白痴化してしまう。酒でも入ってるのかと思われたほうがいっそマシなほどで、あとから我が身を振り返って恐ろしくなるなど。

客の入り具合も塩梅よく、香盤も多彩で、ストリップ現場の良さを味わい尽くす。

また武藤さんだが、帰りがけに「ツイート期待してます」などと唆される。ならばと意気込んでるうち、地下鉄を大幅に乗り過ごす。銀座で降りる予定が、気づけば東高円寺などと言っている。

6月6日(月) 道頓堀劇場

例外的更新。 舌の根も乾かぬうちに...とエクスキューズを出しておきたいところだが、書かないほうがいくえにも不自然だと思われたので、形を変えて書いておく。 6月6日。朝からずっと雨。気温も前日からぐんとさがった。 こういう日に劇場に行くとき、きまって他人の体調を考える癖がついてし...