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2021年11月13日土曜日

11月13日(土)[渋谷道頓堀劇場]

eye(2)
緑アキ(2-3)
JUN(1-4)
玉(1)
友坂麗(1-4
)


JUNさんがいつもどおりチャーミング。演目ごとにテンションが上下せず、表情も多く変化させないのに豊かな空気があって、居心地がいい。どうして一本調子に感じないのだろう。もちろん、細部に行き渡る芸の心のようなものが支えてる部分はあるにせよ。

友坂さん4個出し。「結証」「Jumping」「翔鳥」「neon party」。なんといっても初見の5中以来になる道劇での「Jumping」。ポップソングで踊る、ということがあるとき、この友坂さんの踊りは極北に位置している。極遅のゆらぎがビートと全く対応せず、震えるような身体の運動が空間を不規則に刻んでいくと、どうしてか強く巻き込まれてしまう。オンビートでは出せないグルーヴのようなものですらなく、なんと言っていいか分からない。実際、舞踏の踊り手が比較的ダンサブルな音楽を選ぶことだってあるが、自分は友坂さんのように踊れている人を見たことがない。そもそも、キメるところはがっつり音を取ったりもするのだから、一律な方法論でもない。かといって自在に音の波を乗りこなしているとかでもなく、もう一度言うが、何と言っていいものかまったく分からない。
約半年ぶりに観た「Jumping」はそれでも"踊り慣れた"という印象があることに驚き。そうした慣れや硬さといった基準から離れているのが友坂さん、という感覚もあったが、やはりそんなこともないのだった。

この日、友坂さんのお客さんと少しお話する機会があり、友坂さんのお人柄についてエピソードを交換した。あんまり踊り子さんに対してそういう視線を持たないようにしてはいるものの、友坂さんはやはりパーソナルな部分でも相当に魅力的だということを確認した。

2021年9月17日金曜日

9月17日(金)[大和ミュージック]

永瀬ゆら(1,3-4)
海野雪妃(1,3-4)
JUN(1-4)
萩尾のばら(1-4)
アキラ(1-4)
宇佐美なつ(1-4)


今週は1回にとどめてもいいかなと考えてたくらい遠い・時間を食うというネガティブ要素のある大和だったけど、香盤・劇場の雰囲気・「黒煙」・「サマーチュール」の見納めと行くための理由が圧倒的過半数だったので通ってしまう。結果、いちど昼食で抜けたものの11時から22時半まで劇場に。ヘタしたら家より長く居る。
あと、前回はつかれて2回目でふっと帰ってしまったのは、もしや少し気にされてたりするかなと思ってたらその通りだったので、まあ...

今週は永瀬さん・JUNさん・アキラさんの、熟達した芸の余裕がうれしい香盤。

永瀬さんは選曲に毎演目妙味があり、それだけでも楽しい。音楽がお好きな方なんだなというのがはっきりわかる。1,4回目の「あくび娘」は有名アニメのキャラがモチーフだが、壺からディルドが出てくると、それに翻弄されるようにしてオナベに。魔術的な男性器という演出とインド歌謡的BGMのマッチングは、エロとおもしろの中間でむしろ作家的個性の手触りが残る。それは立ち上がりの選曲がキュートな昭和アイドル歌謡(このへん明るくないので不適当な形容かもしれない。そして副次的に当時15歳の女性の歌声であることを検索で知る)に振られる感覚にもよるだろう。

JUNさんの1,4回目の祭り演目はベタに盛り上がる演目でもあるのに、あの一定したほのかな微笑みは崩されることなく、煽りなどなくとも「顔で踊っている」感じにもなる。
表情でアピールしてるわけではないし、またいわゆる踊り自体の良さもあるのに、その顔に惹きつけられてしまうのはなんなのか。ギュッと空間が集中して、客席がJUNさんを全員で眼差している、という感じがあり、濃密。もちろん寝ている人もいるのだが。
花笠を袖に処理するときスススッとすり足で袖幕に小走りして、その慣性を活かしてふっと笠を手放すときのニュアンスの上品さに驚く。投げるでも置くでもなく、運動の経済性に則った仕方。望月きららさんが「歯科助手の浅川さん」で投げ飛ばす眼鏡のライナー性の軌道に並ぶ名処理。

アキラさん。どんな演目でも図々しさがあり(褒め言葉です)、さすが。相対的に、ひとつの現場で年長となると、役割のひとつとしてそうした図々しさが必要で、自然に備わってしまうことはあると思う。そして、それを楽しく思うのが若いものの特権でもあるだろう。他方で、抜群の身体コントロールで踊りきる姿からは新鮮さが失われることがなく、踊りが好きな方なのだなと思うに充分だった。
また、それがアキラさんの創意ではないにせよ、自分が次に試してみようと思うことへ大きなヒントがあった。いつやろうかな。

栗橋から拝見している萩尾のばらさん。2回目の「ハート」が今までにない感触で、飛躍のある変化を感じて良いステージだった。"新人さん"というバイアスから成長とか学びとか言えてしまうけれど、自覚的にか無自覚にか、自ずと違った局面に突入してしまうのがパフォーマンスというものだと思う。
こうした感想は自分の経験をベースに感じることではあるが、だがありえないような回数の本番を重ねる踊り子さんたちは、世界でも特異なパフォーマーであり、広義の同業とすら言えない部分が多分にある(それでも投影することはかなり多いけれど)。何より、ポラでのお客さんとのコミュニケーションまで「パフォーマンス」のワンセットでもあるし。

宇佐美さん。「黒煙」はかなり落ち着いて観られた。あいかわらずディティールで記憶違いしているところの確認もとりつつ、M2でコートの前を開いてから裾を掴んで右に扇に開いて見せる動きの鋭利さと画の強さに感嘆したりする。
コート姿でタイトに固めた(表情もまた)スタイルとキャラクターは、コートの前を開いて黒のシースルーの服越しに赤色で強調された下着が見えてもなお気位の高さを崩すことがないようなのに、実際に肌が見えると"脱いだ"という感触がすごく高まる。ただ、そこにプライベートな時間として心を許したような"脱ぎ"があるわけでもなく、単純なオンとオフの問題には還元できない。あるキャラクターの多面性ということ。
脱ぐということやエロさについて、また「人」への理解の多面性の現れにいつも驚く。宇佐美さんが曲展開に応じて演じ分ける(恣意性はみえないが)「人」の見え方の違いは、ほんとうに凄いとしか言いようがない。

ところで、この人はどうしてこんなに「動き」というものを知ってるのだろうと思う。それは技巧云々でなく、ある運動が感じさせる快楽について、生得的かつ知的に知り尽くしているということ。
これは「サマーチュール」だけど、備え付けのポールに絡んでも、ポールを軸に腕を伸ばしてする大きい旋回だけにとどまらず、慣性を活かしながら軸を移し、自分も小さく回転するという段階を作っていて、それは楽曲が要請している解釈の結果でもあるだろうけど、どうするとより気持ちのよい動きになるかという思考が形をとって、そのまま舞台に現れている。そこに至るプロセスの速さは伺い知ることができないけれど、ステージに張り巡らされた感覚の広さ(意識の問題ではない)と感覚への迷いなさが、そのまま宇佐美さんのパフォーマンスを観る快楽の深さに重なっている。少なくとも、自分には。

「サマーチュール」ついに見納め。蕨にはじまり渋谷・栗橋・大和と4つの劇場で17回観ることができた。自分にとってもっとも印象的だったのは8中渋谷初日1回目のすさまじいキレっぷりで、あの経験は一生忘れないと思う。初のかぶりを経験したのも「サマーチュール」になった。
そして、夏演目なのに雨や寒い日の記憶と結びつくことが多い。ギラギラした日にも観てたと思うのだけど、こんなに気分が下がる日なのにブチ上げてもらえるなんて、というギャップが印象強いのかもしれない。
昨日のラストはぜんぜん意識せず「あ〜楽しかった」と感想を口にしてたらしく、まあ、無意識にそんなことが口について出るくらい楽しかったんだろう。
たまには個人的な感慨だけ。

感染対策とか経営問題とか、絶対に重要で考えなければいけないファクターをガン無視したエゴだけで言うなら、最終回にごく少ない限られた人数で観劇するストリップはどこまでも心地良い。これも毎度言ってることだが、とても幸せを感じる。

この日の前の夜、Twitterで栗橋のステージ写真が投稿された。何言ってもエクスキューズになるので、単にきれいで気に入ったからiPhoneのロック画面にしてみようかなと試したらとてもよかったので設定した、はいいけど、それ別に本人に言わなくてもよくなかったか...というのだけある。

2021年9月14日火曜日

9月14日(火)[大和ミュージック]

永瀬ゆら(1-2)
海野雪妃(1-2)
JUN(1-2)
萩尾のばら(1-2)
アキラ(1-2)
宇佐美なつ(1-2)


関東最遠の劇場。半蔵門線の両極(よりさらに奥)を2週で行き来するとは...駅前に意味不明なまでに広く抜けた遊歩道があり新興の土地の姿を見たかと思えば、薄暗い横丁に飲み屋や弁当屋が集まっていたりするし、何よりストリップ劇場がある。独特の街。
階段を上がって入場。もぎりのお兄さんの後ろで放たれたドアの向こうに黒塗りの壁とスカスカに間引きされたパイプ椅子群が見える。たっぷりした空間と、天井には(正確に何というのかわからないが)屋根の形がそれとわかる屋根裏が見える。
盆の下手にはポールが設えられていて、本舞台と盆をつなぐ花道が、おそらく3mほどある。本舞台も余裕があり、誰かが、花道から区切って下手側のエリアを指して「わらミニの本舞台はこれくらい」と言っていた。たしかに。要するにわらミニ本舞台の3〜3.5倍ほどのサイズ感。

6人香盤で、これはさすがに抜けつつみようかしら...と考えていたけど、劇場の居心地もよくて、ベテランのお姐さん方の芸も味わい深く、通して2回きっちり見る。

とくにJUNさんの1回目、和装の夏演目は遊びがたくさんあり、すばらしかった。花道を足袋の滑りを活かしてスライディングすること2回、さらに着物姿でタットダンスまでこなすサービスぶり。ラストは筋肉アピール(?)で〆。

アキラさんの2回目は客いじりどころか投光いじりまでこなして、いかにもベテランの余裕だが、ポーズになるとカチッとギアを入れてここぞというキメを逃すことがない。OPではポールダンスの技もサラッと決めてしまう。

ポールといえば永瀬さんなのだが、今まで他人事に見えていたようなポールが、かぶりを越えて脚が旋回するのを見ると、さすがにスリリングでとても面白い。何より、注意を払いつつも回転速度に遠慮がなくてとても良かった。

宇佐美さん1回目は6月の初見以来2回目(宇佐美さんの演目で1回しか見たことないのはこれと蕨の「ユーレイ(仮)」だけ)の「黒煙」。赤と黒のコントラストが鮮やかな衣装。本舞台では赤いコートを纏ったまま、いつもの笑顔でなしに、睥睨するような冷淡な顔つきで、近作に比べればずっと少ない手数で踊る。自分が見てきた中では異例な部類に入る、ストレートなロックサウンドが2曲続くが、サウンドの密度に対して振りが少なめだと、「サマーチュール」のゴージャスさに慣れた目に、こんな感じだったかな?と探るような思い出そうとするような引き気味の位置で見てしまうこともあったが、M3でモードチェンジが起こり、メロウで音数少なめの楽曲での脱衣がはじまると、不思議なほどズルズルと引っ張られていく。
M3からM4(めずらしくクロスフェード使ってた気がする、あいまい)はシームレスに移行する。前後定かでないけど、脚を泳がせながら花道を旋回していくベット入り、泣けてしまうほど官能的で鳥肌が立つ。そして胸を晒す動作が、ぱっと服を捨てるようで、「サマーチュール」のねばりと好対照。脇道にそれるけど、たぶん今までみた踊り子さんのなかで胸を見せる仕草にエロさを感じたのは宇佐美さんとあらきまいさん(のOP)だけ。じわっと脳がしびれるような感じになる。こんなにエロい演目だったのかという発見もある。
脱ぎが完了して、ポーズに入ると、もう言葉にならない。スワンに入る前、両手を開いて指を交互に合わせて、下から上から順に指折って拳を固めるその動きに涙腺が危うくなる。宇佐美さんはポーズを切る前に、強烈に印象的な指折りが入ることがある。
立ち上がり、花道を逆に本舞台へ戻るとき、脱ぎ捨てられた衣服を残してゆく。その後ろ姿の美しさに、心を徹底的に深く刺し貫かれる。

あまりにも素晴らしく、自分にとって複雑な様々を喚起しすぎてしまい、これを見て喜んでいるだけでいいのかと、人生を省みてしまう...6月の初見のときから何も変わっていない。そして、あまりに刺さり方が深いときこそ、大した感想が出てこず、そのことにまた妙な自己嫌悪が起きたりする。

休憩の間、雨が降ってるのに何も持たずあてなく外をぶらぶらしてしまう。

駅前の広い遊歩道に行き当たると、野良なのかなんなのかよく分からない猫が、リードも首輪もなしに、おじさんの後ろを勇ましい顔で付いて歩いていた。

2021年6月17日木曜日

6月17日(木)[池袋ミカド劇場]

山口桃華(4)

JUN(4)

浅井ひなみ(3)

宇佐美なつ(1-4)

あらきまい(1-4)


朝から雨。この日ははじめて(半ば強引に)友人を伴っていく。雨のド平日なのに満員。最後方上手側の柵に位置どる。

ほかの用事もあったので、少しゆったり目に入場していて、ほとんど宇佐美さんから観始める。1回目の「spring vision」が終わって明転すると、となりの友人から「推しメンかもしれん...」というつぶやきが漏れる。なにかに勝利した気分。

あらきさんが印象深い。この日、はじめて「体」の美しさをうまく受け取れた気がする。明確な扇情性が、気品と矛盾なく同居しているありかたに、脳が揺れる。オープンショーで客を見つめる視線が忘れがたい。

何回目かの合ポラで山口さんが変面の衣装で登場。ひとりだけ厚着に仮面をつけたよく分からない人が混ざっていて場内一同笑う。

宇佐美さんは、さすがにもう冷静に観られるだろう、いや、念には念を入れてと、相当不親切に構えてみてると、ことごとくそうした不純さをアンロックしていく。構築された芸が起動させる「踊りを見ることの喜び」を、秒単位で叩き込んでくる。ラストの「positive」では少し泣く。

ポラに並ぶのに財布から札を出すと友人から「流れがスムーズすぎて板についている」などと言われる。ポラを撮るのは3現場目だし、そもそもアイドルの特典会もめったに行かないというのに、なぜ。

言い残したことがあって、はじめて脱衣でもポラを撮ることになるが、まったく慣れないので本当にただ単にダメな人間になる。ちょっと込み入った感想も伝えたけど、うまくフェアネスを保てる気がしなくて少し自分に落ち込む。

JUNさんのムード歌謡的な曲で揃えられた演目に陶然。音楽の快楽を増幅してくれる踊り。

2021年6月11日金曜日

6月11日(金) [池袋ミカド劇場]

山口桃華(1-4)

JUN(1-4)

浅井ひなみ(1-3)

宇佐美なつ(1-4)

あらきまい(1-4)


頭がおかしくなったので、いっそしばらくクールダウンしようかと思ったのもつかの間、やはりと思い直して二度目の宇佐美さんを観に行くことに。朝からアホほど気分が浮き立っていた。劇場前でまた武藤さんと出くわす。挨拶もそこそこに「ヤバいですね」と言われる。ヤバい...この日、いわゆる「プンラス」を初経験。

開演前、本舞台にモニターが置かれていて、ソフトAV?のようなものが流されている。特に誰が目を向けているわけでもなく、なんともいえない空気。下手3列目端につくが、なにか見づらいので上手側に移動。

山口さんは笑顔がとにかく際立つ。語弊をおそれずあえて直截にいえば、明るい美人さんが踊っている、ということだけで舞台をもたせる力がある。なにかしきたりに基づくのかわからないが、フィナーレで他の人が出入りしやすいよう袖幕を持っていたり、人柄が伺えるような気に。

あらきまいさんは、ポラのときのやりとりが純度100%のアイドルのよう。女性ファンが多そう、とおもうと、やはり常連さんとお見受けする女性の方々がいらしていた。

宇佐美さんは「spring vision」と「positive」。後者は1曲目で大笑い。まさか!

思いがけず背景を共有する部分がわかり、ご縁というか必然性というか、深く納得してしまった。「positive」も、何もかも完璧としかいいようがなく、とにかくステージを見る幸福に打たれてしまい、白痴化してしまう。酒でも入ってるのかと思われたほうがいっそマシなほどで、あとから我が身を振り返って恐ろしくなるなど。

客の入り具合も塩梅よく、香盤も多彩で、ストリップ現場の良さを味わい尽くす。

また武藤さんだが、帰りがけに「ツイート期待してます」などと唆される。ならばと意気込んでるうち、地下鉄を大幅に乗り過ごす。銀座で降りる予定が、気づけば東高円寺などと言っている。

6月6日(月) 道頓堀劇場

例外的更新。 舌の根も乾かぬうちに...とエクスキューズを出しておきたいところだが、書かないほうがいくえにも不自然だと思われたので、形を変えて書いておく。 6月6日。朝からずっと雨。気温も前日からぐんとさがった。 こういう日に劇場に行くとき、きまって他人の体調を考える癖がついてし...