2021年11月19日金曜日

11月19日(金)[ミカド劇場]

アキラ(1,4)
山口桃華(1,4)
宇佐美なつ(1,4)
虹歩(1,4)
あらきまい(3)


変則的な観劇。イレギュラーがおもしろくなりつつある。


「量産型と呼ばないで」。ベッドで犬のポーズをするところで「ワン!」という動きが足されて、それがかわいい。エロも創作できるように、当然かわいいも創作できる、のだけど、ストリップであんまりこういう「かわいい」を見たことがない気がする。けど、見慣れた人の演技だからそう感じるのかしら..."萌え"だった。

「アンビバレント」。最高だった。M1からずっと楽しそうで、本当にそれだけですべてがOKになっていく。この回は真正面から見ていて、当然目が合う頻度が高まるのはあるけど、なにか今リアルタイムで会話しているような感覚になってしまう。
勘違いであったとしても、そんなことに強くリアリティを感じるなんてことが初めてだし、妄想だとしても「今、(お互いに)楽しい」というメッセージを交換しあってるような体験の強烈さがあってしまった。にわかに信じがたくもあり、でも、身体に残る幸福感がそれを否定しきれないでいる。なんでこんな時間が起きてしまうんだろう...

続いての虹歩さんまで拝見して帰った。新作M1の振付が格好よく、見惚れる。

ただ楽しんで1日が終わる。ほんとうにちょっとしたやり取りや、タイミング、そういうものが"この日"のために噛み合って万全になるような1日だった。

2021年11月17日水曜日

11月17日(水)[ミカド劇場]

アキラ(1-4)
山口桃華(1,3)
宇佐美なつ(1-4)
虹歩(1-3)
あらきまい(1)


朝からせっせと同人誌の作業をして、開演30分前に入場。この日、武藤さんやhideさんにいつも話す常連の方など、宇佐美さんを追って見ている方々がとりわけ揃っている感じがあり、朝からそれぞれと話しているだけでずいぶん楽しむ。

「アンビバレント」が1回目からたのしい。M1はどうしても乗り切れない振付に感じてしまうが、尻上がりに高揚感が増して、ベッドは宇佐美さん自身もかなり楽しんでいるようで最高。初見の日から「Positive」と対比的に見ているけれど、あのくらいガンガンに楽しんで踊ってもらうといいと思うし、この日もその予感があって感じ入るものがある。朝から泣くのもどうかと思ってちょっとこらえる。

「量産型と呼ばないで」がすばらしかった。前回見たときもM1-2の乗りこなしっぷりが最高で、絶対外さないという安定感があっただけでなく、今回はラストのベッドで突き抜けていくようなカタルシスがあった。どうしてそれが発動するのか、いつもよりいいと感じられるステージのとき、音楽がいつもより鮮明に聞こえだすことがある。
この日宇佐美さんを観に来た友人と話して、この演目についてきれいな読みを提示された。徹頭徹尾憧れの人に気持ちが向いた女の子の話で、前半が量産型女子=バンギャであって、M5はそのまま素直に憧れの人(≒この曲の歌い手)に認められる物語と。言われればその通り。
が、女の子にあれこれ知識を教えようとする男の姿は戯画的にしか読めず、女の子としての立場に自己投影することは相当難しい...のと、どうみても「バカ」には見えない演じ手がいて、歌われるキャラとの乖離もある。

「黒煙」。9月以来あんなにもハマっていた演目に2回ともハマりきれず。2回目は座って舞台に近いところで、かなり意識的に集中して見ようとして、ようやくいつもの感じ方に近づける気がしたが。
コースごとの演目の選定はいつも工夫があって、今回のように突発的に追加されたことでバランス含めて違って見えることもあるのかもしれないし、やや平板な照明(とはいえ大阪のもっとひどい照明でもよく見えてはいたので、場内の明度のほうが大きいかもしれない)のせいかもしれないし、本人のパフォーマンスかもしれないし、そもそも自分のコンディションのせいかもしれない。

うーん、と悩んで、ポラ列に並んでるとき「今日の黒煙ちょっと違いましたよね?」と常連さんに確認して同意を得た。そうだよなーと安心したこともあって、けっこう細かいツッコミを入れてしまう。
ただ、その時々のパフォーマンスに対して、いちいち言葉で介入していくことが正しいかといえばそうでもない気がするし、イレギュラーとして流せばいいとも思う。そもそもこんなに繰り返し見る人間の話をまともに聞いてたら身がもたないわけで。とはいえ、集中と自閉には微妙だが決定的に差があるし、まあいいかと思って話す。そのことで、これは何か宇佐美さんに甘えてるのかなと感じたりもする。

2021年11月13日土曜日

11月13日(土)[渋谷道頓堀劇場]

eye(2)
緑アキ(2-3)
JUN(1-4)
玉(1)
友坂麗(1-4
)


JUNさんがいつもどおりチャーミング。演目ごとにテンションが上下せず、表情も多く変化させないのに豊かな空気があって、居心地がいい。どうして一本調子に感じないのだろう。もちろん、細部に行き渡る芸の心のようなものが支えてる部分はあるにせよ。

友坂さん4個出し。「結証」「Jumping」「翔鳥」「neon party」。なんといっても初見の5中以来になる道劇での「Jumping」。ポップソングで踊る、ということがあるとき、この友坂さんの踊りは極北に位置している。極遅のゆらぎがビートと全く対応せず、震えるような身体の運動が空間を不規則に刻んでいくと、どうしてか強く巻き込まれてしまう。オンビートでは出せないグルーヴのようなものですらなく、なんと言っていいか分からない。実際、舞踏の踊り手が比較的ダンサブルな音楽を選ぶことだってあるが、自分は友坂さんのように踊れている人を見たことがない。そもそも、キメるところはがっつり音を取ったりもするのだから、一律な方法論でもない。かといって自在に音の波を乗りこなしているとかでもなく、もう一度言うが、何と言っていいものかまったく分からない。
約半年ぶりに観た「Jumping」はそれでも"踊り慣れた"という印象があることに驚き。そうした慣れや硬さといった基準から離れているのが友坂さん、という感覚もあったが、やはりそんなこともないのだった。

この日、友坂さんのお客さんと少しお話する機会があり、友坂さんのお人柄についてエピソードを交換した。あんまり踊り子さんに対してそういう視線を持たないようにしてはいるものの、友坂さんはやはりパーソナルな部分でも相当に魅力的だということを確認した。

2021年11月12日金曜日

11月12日(金)[ミカド劇場]

アキラ(1-4)
山口桃華(1-4)
宇佐美なつ(1-4)
虹歩(1-3)
あらきまい(1-2)


開演1分前に到着。当然席は埋まってるので立ち見。

9中大和以来のアキラさん。立ち踊りとポーズが等価に扱われるようなスムースさ。とはいえ動きが流れて弱まることもなく、熟達の芸そのもの。偶数回演目のベットすばらしく、スムースな運動のうちにティーズが挟み込まれて脱衣を強く印象づける。またミカドの盆というかでべそのあしらいが巧みで、狭さのなかで整えようという気がなく、悠々はみ出して空間を活用していたのも見応えあった。
前も書いたけれど、ポラ中などずっといじりに徹する強めのお姉さんなのに、踊ってる間ほとんど絶えず浮かんでいる可憐な笑顔が踊ることの喜びを体現しているよう。
この日初ストリップだった友人がアキラさんにハマって、ポラも行っていた。その写真を見せてもらったら、これもまたすごいチャーミングな笑顔でとても良かった。

宇佐美さん「量産型と呼ばないで」。初見。記号というか実際のキャラになりきって(?)踊るM1から、"量産型"的私服風衣装でこれぞ「宇佐美なつ」というバリバリに音を拾っていく振付が、しかもこの日は朝イチから決まりに決まっていた。
衣装替え以降、オナベからのポーズベット、なのだがM5まである展開の幅と、M5の自虐的(男性にとって)でもアイロニカル(それを演じる人にとって)でもある歌詞など、めずらしく理が勝ってる感触もあり、面白いけど"ウケる"演目じゃなさそうかなと感じたら、実際、比較的短い期間しか演じられなかったらしい。観られてよかった。
ラストの方で、ちょっとした居眠りの演技が入るのだけど、クサくなくてよかった。あと、私服風の衣装というのがレアで、かえってドキッとするものもある、が、ストンと下だけ降ろして、振り返ってお尻だけ見せて暗転、という脱ぎの見せ方がさすがのシャープさ。

「アンビバレント」。広い舞台ではあるものの、盆は狭いしで大変そうに見えた。すばらしい演目であるにしても、演目の難しさを感じることも多々あり、なんというか初めて"応援"したいような気持ちにもなった。
制作というのは、クリアカットしたものを提示できる場合もあるし、複雑に絡まったものを部分的にほぐすようにして提示せざるを得ない場合もある。後者は前者に比べて見劣りを感じたり、不満を感じたりすることも起きやすい(制作者にしても観客にしても)けれど、キャリアの前後の必然性に基づいて、そうならざるを得ない(=毎回はクリアに提示できない)ことがあるはずだ。それは、なんというか、ものを作ることの醍醐味のようだし、アツいな〜とか思ってしまう。ストレートにアガる感じがないときも、それはそれで受け取れるものがある(という対象になってしまった)。

最近、タンバリンの音が耳に入ってくるようになった。一度、シャッグス顔負けのリズム感で会場を凍りつかせていたような人もいたが、手慣れた人のタンバリンのリズムは耳障りでないだけでなく、音量も手数もいい塩梅でキープしている。そしてなにより、音響的な効果というか、そういう参加意思そのものによって場を活気づけることがあるなと感じる。
ある程度の回数を聞いていればタンバさんの差異も掴めるようになるし、すると音量の加減から演目への理解の表れを受け取れるようになるから、「観ている」ことの生っぽさが、タンバリンの応援の仕方によって具体的に生じてくるような感覚があって、面白い。

2021年11月9日火曜日

11月9日(火)[新宿ニューアート]

広瀬あいみ(1-2)
友坂麗(1-2)
ののか(-)
麻倉ゆあ(-)
天瀬めるか(-)
原美織(-)


ふとTwitterを見たら友坂さんが「夕鶴」を出すとのことで、悩んだ末そこだけ観に行くことに。ほかは切羽詰まっている同人誌の作業に充てる。こんな日に限ってひどい雨。

1回目は「結証」。中国風の衣装をまとった友坂さんが横笛を構え、傘が脇に立てかけられている盆始まり。この画が信じられないほど決まっている。M1かなり長く踊っていて、尋常なストリップの時間感覚からすこし外れる。衣装替えのとき、下手に置いた傘の後ろに立って背中を向けて最初の衣装を脱ぐのだが、ストンと体から落ちる服にあっという声が出そうになる。友坂さんではしばしばあることだが、木の枝に積もった雪が重みに耐えかねて地面に落ちていくようなニュアンスで服が脱がれることがある。
ベットはある意味ではいつもどおりだが、こちらが慣れているだけで至芸のひとこと。そして、貴人のような姿の着衣からすべて脱ぎ去ったラスト、その堂々たる姿に裸体への恥じらいを持つ者を窘めるような気高さが溢れる。

2回目「夕鶴」。評判高く期待があったが、M1からあれ、という違和感があり、しかしベット入りすれば...と考えても違和感拭えず、まさか友坂さんでこんなことが...と思うのだが、最後までいっこうにチューニング合わずじまいに終わった。夏場でも見たことがないほど汗をかいている友坂さんのパフォーマンスに瑕瑾があったとは思えず、どこか「浅草っぽい演目だ」と感じたところにノれずじまいだった理由があるかもしれない。しかし、あまり深入りせず、再見のときまで判断は先送りしておく。
舞台中央奥に据えられた屏風と羽がメインのギミック。両手に持った羽を屏風の向こうに処理するとき、風を受けた羽が突如としてスローモーショーンで落ちていく。この"遅さ"の現れは、屏風のおかげですぐに羽の姿を隠し、本当に一瞬しか視認できない。ただ、その落ち行く間が、ポーズを切るときと同等の間のようでもあって、ひじょうに忘れがたい。

広瀬あいみさんの1回目の演目が良かった。ほんとうに端正でお手本のような進行。大きい羽根扇子が頭と終わりでしっかり視覚的に効果高く扱われて、鮮やかだった。

2021年11月6日土曜日

11月6日(土)[蕨ミニ劇場]

夕樹(-)
るあん(-)
Kuu(-)
山口桃華(-)
宇佐美なつ(3)


仕事が終わり、疲れたしあー帰ろと思っているうち、蕨に間に合ってしまうな...と気づいたら京浜東北線に。いろいろ余録の楽しみはあったものの、やはり「デビュー作」をもう一度観ておきたいなあというのと、前日の楽しさが消えきらないのがあった。

「デビュー作」M3-4のベット、やはりとてつもなくよかった。「脱ぐ」という要素をこんなにも高めているひとを宇佐美さんをおいて他に知らないのだが、それが全体の構成の中で際立って機能している"から"それに強い印象を受けてしまうという判断が働いているのはなんとなくわかる。つまり、抽象化された強度があるということ。ジャンル的な要請に対するアンサーと、社会において裸体が担う意味を上書きするような力を感じてしまうから、感動がある。
と同時に、いやあ、ええ体やなーというのはすごくある。たぶん蕨に通ってしまうのは、なんだかんだ体を間近に見られるからでもあると思う。どこがいいのか、あんまり具体的に書くのは未だこっ恥ずかしいのでスルーしてしまうけど...

それにしてもこの日の蕨はいつにもましてやかましく、宴会場のような空気になっていた。それぞれの劇場に帰属意識のある(?)お客さんはあれど、わらミニはそうした帰属意識のあるトライブがある筆頭ではないかと感じる。そして、そのトライブとキャラ立ちの濃い外部のお客さんが同居する場になると、ここにしかない空気がさらに強まる。

終演してそれらが蕨駅へ向かって散り散りになるとき、彼らがあんなに異様な空気を作っていた人たちだと通行人の誰が想像できるだろうかと不思議な気分になった。

2021年11月5日金曜日

11月5日(金)[蕨ミニ劇場]

夕樹(1)
るあん(1-3)
Kuu(1-3)
山口桃華(1-3)
宇佐美なつ(1-3)


ほんとうは違う劇場に行こうかと考えていたが、あまりにも「アンビバレント」「デビュー作」を再見したくて通うことに。今回はちゃんと開演前に着いたので席にも座れた。


初の天板ショーに遭遇。なるほどこれが、といった感じなのだが、どこかふたりとも事務的というのか儀礼的というのか、生々しさよりもルーティンの風情があった。

山口桃華さん。先日の小倉といい6中のミカドからコンスタントに宇佐美さんと同じ香盤になるので、比較的よく見ている踊り子さんになった。山口さんはいるだけで劇場を明るくしているし、おっとりした見た目からは想像もつかないほど機敏なユーモアセンスで客を飽きさせないやり取りがある。

2回目の「キャリアウーマン(?)」の演目で妙にハマった感じがあるというか、今まで感じたことのない熱があり、とてもいい回だった。そんなときも過剰にエモーショナルでなく、ずっと好感が持てる。

宇佐美さん。中日にして「アンビバレント」は乗りこなしもスムーズで、もうずっと素晴らしかった。ただそれだけに規模感が足りないのがありありと伝わる。広いミカドでこのポテンシャルが解放され、どんなことになるやら。例によって細かな記憶の誤りを複数発見。なんだってストリップはこんなに覚えづらいのか...それでもメモは取りたくないので、身体で覚える式の見方は変えない。

2回目は「デビュー作」。このベットが本当に素晴らしい。スローバラードのM3に入ってからも、なかなか脱衣がはじまらず、ここぞというところで抜群の脱ぎを見せてくれる。ボーカルの感情がサビの高まりと同期するように切なく溢れるとき、衣服もこぼれるように体から開かれる。何度となく、もはや飽きるほど眺めたはずの胸が見えるそのとき、裸体はほとんど雪のように眩く、きらきらと輝きを放っているかのようにすら見える。ほとんどひとつの事件のように、「裸を見ること」が美しさを伴って現れる。それはなんて言葉にしがたく、しかし忘れがたくもある出来事なのだろう。「デビュー作」は、デビューという過去を参照させる演目ではなく、いつだって真新しい「デビューすること」の瑞々しさをこそパフォーマンスしてるかに見える。
ずっととろけそうな気分で、2回観て2回とも、ああ自分はこの人にいつ出会っても撃ち抜かれていたなと思ってしまった。

3回目の「アンビバレント」。あー、本当にいい。この演目も宇佐美なつも本当に本当にいい、という気持ちが駆け巡っていく。説明意欲も失うほど、たまらない気分にさせられる。ずいぶん自堕落な感想だけど、細かい話は前回したから...が、ポラで賛否両論あると聞いて、なに?と反抗心が芽生えてしまう。そりゃ各人の好みにおいて自由な感想があってしかるべきだけど、こと質の高低ということならば、譲歩しがたいですね...とひじょうに面倒なオタクの側面が出てきた。詰屈した構成の楽曲を並べても減じないポップさと、ラストに直球なカタルシスを設計してそれらがひと繋がりになっていることへの驚きを軽く見ることはできない。構成に関する天才はこの演目でも間違いなく発揮されている。
くわえて前後半がねじれて関係しあってるような凝り方(どこまで意図的な作為かは措くとして)も見どころと思う。つまり、前半は曲のひねくれかたと違ってずっとふつうにキャッチーな踊りであり、最後はストレートに盛り上がる曲だが、どこか自己言及的で、それでも自分に閉じずにポジティブな方に印象を持ち上げるというのが"一周回った"かたちで表現がなされていると感じる。これはそれほど説得的でない話ではあるが。

ステージ外のあれこれでずいぶん楽しいイベントが多かったが、ほとんど書けない。蕨...いつにもまして楽しげでかわいい宇佐美さんが見られるので、蕨はおすすめ、とも気楽に言えないのが蕨であり、それはそれだからいいことのような気もする。

帰りの電車で「ピンクサイドを歩け」のhideさんがお隣りに座っていたのでお声がけする。自分は劇場の客席とスト客さんのTwitterをわりと見ているので、どの方がどのアカウントなのか紐付いてしまう(キモい)能力が高めらしく、hideさんもわりと以前から存じ上げていたが、今回こういう機会があってはじめてお話することができた。

いろいろ話したのだが、自分だけがポラのときの振る舞いでイジられる謂れはないということはわかりました!

6月6日(月) 道頓堀劇場

例外的更新。 舌の根も乾かぬうちに...とエクスキューズを出しておきたいところだが、書かないほうがいくえにも不自然だと思われたので、形を変えて書いておく。 6月6日。朝からずっと雨。気温も前日からぐんとさがった。 こういう日に劇場に行くとき、きまって他人の体調を考える癖がついてし...