玉(1)
石原さゆみ(1-4)
音羽うた(-)
夢乃うさぎ(1-4)
宇佐美なつ(1-4)
早めに列へ。なんとかすり鉢最上段の背もたれに。
1.「アンビバレント」
2.「量産型と呼ばないで」
3.「ナイトクルーズ」
4.「positive」
今週の「アンビバレント」を観ていて、たった1ヶ月でこんなにも演目の質を変化させられるというのはどういうことなのかなあと考えてしまう。宇佐美さんの技量なのか、ステージ数の多さがなせることなのか、両方なのか。
これは前日、一緒に観ていた渡邉千尋さんが、「驚くほど良いですね...」と漏らされていたのに、密かに心でガッツポーズをしてしまう。本当に何様なのだと思うけど、自分が見てきたなかで、環境も含めてベストなタイミングで見てもらえた気がする。
だれか自分ではない他者を「誇りに思う」という心の動きをあさましいと思っていたけど、まさごのベッドを囲むすり鉢から、お約束ではない手拍子の高まりが揃い出すとき、いやしくもそうした「誇りに思う」気持ちが芽生えた。
「ナイトクルーズ」は、実のところあまりに演目へシンパシーを感じてしまい、ここで具体的な感想をまとめるに至らない。1結渋谷で再演されるかも、ということなので、それを待っている。
さゆみさん、楽日。「ダンス」見れば見るほど味わいがあって、完全に好きな演目になってしまう。M1の黒いシャツとスラックスに、髪を束ねて前髪を少し垂らしたスタイルと、ラストではそれらがすべて解き放たれたように一糸まとわぬ立ち上がりの姿どちらもが美しい。楽曲の歌詞は「ダンス」について言及される歌が続く。M4でだけ、楽曲の時代が飛んでしまうのもおもしろい。
さゆみさんだけでなく、宇佐美さんを見ていても感じたことだけれど、踊りというのはその時間を賦活するように生き生きとしたものを誕生させていく一方、その生き生きとしたものの起こりが即座に消え去って死んでいくようでもある。生の隣にすぐさま死があって、淡い想起のなかにしか「ダンス」がないようでもあり、それがまたさゆみさんの演目の中では、本当にごく身近な良き時間の満たされや切なさに直結している感触がある。その感触は他ならない、劇場で今まさにそうした時間を過ごしている自分たちに重ね書きされる。ポーズベッドはそうした時間への愛惜を、まさしく"ポーズ"させるような甘やかさが空間を浸していって、しかし立ち上がりでは、刹那を引き受けるでもない軽やかさでもって、飄々と踊り切るたまらなさがある。
新作のスキー演目、ラスト回の雪合戦の図がリュミエールの映画か、ベルハーzeppワンマンのときに円形ステージに立つみうらさんに投げ込まれるサイリウムのよう(分かりづらすぎるけど、画があまりにも似ていた)で、それも素晴らしかった。ラストはリボンから桜が散った。
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